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4th 【序曲、名は殺人】−4

 また一夜が明けた。

 夜は閑散と静まり返るオフィスだが、朝になりまた活気が戻ってきた。こういう場所には幽霊だとかが出やすいという話を思い出しながら、巫月もまたそこへ足を踏み入れる。そして昨日の情報は嘘だろうか、本当だろうかとまだそんな風に気にし始める。

 デスクに着くと、電話が鳴った。誰かがエントランスに来たようだ。

『巫月様、エントランスに警視庁の刑事さんがいらしてますが』

 ああ、と巫月は溜め息のような声を漏らす。

「分かった、今行く」

 そう言って巫月は座ったばかりの椅子から立ち上がり、またオフィスの外へ出た。

 エレベータを待ちながら巫月は思う。やはり本当だったか、と。父親のところへ来るより先に自分のところへ来たところをみると、他の部署ではなくて巫月が部長をしているシステム部の社員だったのだろう。

 システム部は、IT企業のK2社ならではの部署で、社のホームページの管理から、発注の処理までを担当する。K2社は今、インターネットでホームページスペースやウェブログシステムなどのサービスも展開しているため、この部署は社内でも中核を担う大事な機関だ。ゆえに社員も多いため、それら一人一人のことまでは巫月も把握していない。巫月は今、それを悔いた。

 エントランスはやはりいつものように人が多い。その中に一際目を引く端正な顔立ちの男がいる。数人の女性社員が彼に視線を向けて小声で話している様子が何箇所かで伺える。あえて近付かないのは、その男の脇にいる一人の女性と男が、なにやら真剣な顔で話しこんでいるからだろう。

 巫月が近付くと、その男はそれに気付いて微笑を浮かべた。

「栗栖巫月さん、お久しぶりです」

 男は言った。

「ああ、久しぶりだな、灰乃」

「すみません、突然押しかけてしまって。こちら、私の部下の加刈です」

 灰乃は脇の女性を指して紹介すると尋江は軽く頭を下げた。

「加刈尋江です」

「そう……じゃあ父親は」

「はい、確かに父は二階堂銀行の秘書をしています」

 尋江が答えた。

「親父さんによろしく言っておいてくれ」

「必ず伝えます」

 頷いて彼女は言った。そこで灰乃が、

「どこか話をしても構わない場所はありませんか。ここではちょっと」

「そうだな、すぐに用意するよ。ちょっと待っててくれ」

 そういって巫月は受付へ向かっていった。

「あまり動じませんね」

 尋江が小声で灰乃に言った。

「彼女の父親、つまり栗栖社長には優秀な情報屋がついているそうです。もしかしたらすでに知っていたのかもしれません」

 なるほど、と尋江は頷いた。

 すぐに巫月が戻ってきて、二人に言った。

「上の会議室が一つ空いていたから、そこで。案内するよ」

 灰乃は頷いて先に立つ巫月に着いて歩いていく。

 K2社の一階はエントランスとロビーの他、社員食堂や売店、コンビニなどが揃っていて生活感のある空間になっている。逆に二階へ行くとそこから上四つの階は各部署が集まるオフィスとなっていて、一階とは違う厳格な雰囲気が漂っている。六階は、K2社特有の会議室専用のフロアだ。部署が多いと会議もよく催されるため、数が要るのだ。さらに上の七階はシステム部専用の広いフロア。社の全ての情報がここに集まっているため、一般人はここへ入れない。八階は秘書室、九階が社長室となっている。

 三人は六階の会議室フロアへとエレベータで上がる。

「すごいですね。四つのフロアがオフィスとは」

「まあな」

「これだけ部署があると、社員も多くて把握できないでしょうね」

 灰乃はそう言った。悪気は毛頭ないのであろうが、今の巫月には痛い言葉だった。

「……その通りだ」

 チン、とエレベータが六階へ到着した。

「ここが会議室フロアだ」

 ずらり、と並ぶ扉が三人を迎えた。

 灰乃と尋江は巫月に連れられ、立ち並ぶ扉の一つの中へ足を踏み入れる。そこは何の変哲もない、ただこの会社の特性を現すハイテクな設備のある会議室だった。

 コの字型に作られた広いテーブルの席一つ一つには、小型画面かテレビが収納されているようで四角い切れ込みが入っていた。その手前にはスピーカーが黒い円を描いている。マイクの役割も同時に果たしているのだろうか。さらに奥には巨大なスクリーンが設置されており、この割りと狭く小さな会議室でさえこの仕様である、もっと大きな部屋も見てみたいと思う灰乃である。

 刑事二人は促されるままに、巫月の向かいに腰掛けた。

「それで、今日は何の用だ」

 巫月は両腕を組んで、椅子に深く腰掛けた。

 尋江がちら、と灰乃を見遣る。

「こちらに茂木 強という社員がいますね?」

 茂木強。その名を聞いた巫月は眉間に皺を寄せ、

「なぜ?」

 と灰乃に向かって尋ねた。

「茂木強はご存知ですか。先ほど社員の把握は容易でないと仰ったばかりでしたけど」

「知っているどころか……」

 といって彼女は言葉を濁した。

「なんです?」

「その男は、もうここの社員ではない」

「ということは……」

「今日付けで、ここを辞めてもらった。理由も?」

「できれば」

「話したくない。まだ企業秘密なんだ、この件に関しては。できれば、弁護士も交えて話したいところだが、なにしろ最近契約したばかりでね。彼にも協力してもらってこれから詳しい調査に入るところだ」

 巫月は立ち上がって窓辺に近寄り、下を見下ろす。人が蟻ほどに小さい。

「そうですか。最近契約したということは、つまり茂木強に関連してということでしょうか」

「その通りだ、とだけ言っておこう。悪いがこれ以上は、その茂木強が事件に関連しているという確たる証拠を掴んでからでなければ、お話することはできないね、灰乃警部」

 巫月は振り向いて、灰乃を一旦見据えて扉へ歩み寄り、開けた。灰乃は尋江の指示を仰ぐ視線を受けながら、肩を竦めて立ち上がった。

「分かりました。また出直してきます」

「エントランスまで送ろう」

 二人を外へ出して、自分もその後へついて行く。その灰乃の後姿を見ても、首こそ動いていないにしろ周囲の様子を気にしているのが分かった。昔からそうだ。何もしていないように見えるのだが、それでいて非常に注意深く周囲を観察しているのだ。

 彼女たちは再びエレベータでエントランスに降り、出入り口まで灰乃と尋江を連れて歩いて行った。灰乃はその前で一度立ち止まり、巫月を振り返った。

「送って頂いてありがとうございます。ではまた」

「ああ、また」

 灰乃が再び振り返った瞬間、出入り口から誰かが入ってきて、出て行こうとしていた灰乃とぶつかりそうになった。彼はとっさに避けたが、相手と掠ってしまった。

「すみません……」

「こちらこ、そ――」

 相手の謝り方の歯切れの悪さに顔を上げると、そこには大賀俊佑が立ち止まってそこにいた。

「……ああ、わりぃな」

「こちらこそ、すみません。――加刈さん、行きましょう」

「あ、はい警部」

 灰乃は尋江に声をかけるとそのまま相変わらずの笑みを浮かべて、その場を去っていった。



 巫月は再び会議室へ大賀を案内し、コーヒーを運ぶようシステム部の部下に頼んで扉を閉めた。

「ここはよく使うのか?」

 大賀は椅子に座って尋ねた。

「週にニ、三回ってところかな、大体」

「そうか」

 そう言って大賀は資料を取り出し、足を組んでそれに目を通し始めた。

「なぜそんなことを――」

 巫月が言いかけると、扉を叩く音がして彼女の部下がコーヒーを運んできた。巫月が礼を言うと、その女性は部屋を後にして行った。

「どうしてそんなことを聞くんだ?」

「知りたいのか? ならもう一つ。今日は使ったのか、ここ」

「使った」

 大賀は資料を畳み、机に置いた。そして両側の座席に手を乗せて、

「この左隣にあの女刑事、俺が座っているここに郁風……当たってるだろ?」

 と言った。

 巫月は一度目を見開いて、そして呆れたようにため息をついた。

「あんまり驚かなかったんだな、灰乃が来ていても」

「これでも結構、驚いたつもりだったけどな」

「まさか、知っていたな、灰乃が来ることを」

「さあ、どうだろうな。それより、仕事の話をしよう。俺はそのために来たんだ」

 分かった、と息を漏らして巫月は頷いた。

 彼女はテーブルに両肘をついて、掌を組みそこに顎を乗せた。

 周りは静かだ。もちろん防音もしてある部屋ではあるが、今日はほとんど会議が入っていないため余計に静かだ。

「資料は読んだ。これ、本当に?」

「そうだ」

「横領ね……で、俺に何をさせたいんだ」

「ああ、いま井月さん呼ぶからちょっと待って」

 そう言って巫月は部屋の中にある電話で、内線にかける。井月瑠璃子は一応社長秘書という肩書きではあるが、実質、巫月の秘書と兼ねているようなものだ。巫月より年下ではあるが確かに優秀であるし、聞くところによれば某有名国立大学を卒業した才女でもあるという。気も利くし、巫月が男ならああいう女性を嫁にしたいものだと思うのだが、付き合っている男性はいないと話していた。

『はい、秘書室です』

「システム部の栗栖だ。井月さんか」

『あら巫月様。先ほど大賀様がいらっしゃったそうですけど』

「いま会議室にいるよ。井月さんも来てくれないか。」

『せっかくですからお二人でお話されたらどうです? 私はその方がよいと思いますけど』

「あのね、井月さん……」

『分かっておりますわ。ビジネスですね、ビジネス。ただいまそちらへ向かいますから、少々お待ちください』

 井月はそう言うと、巫月の口から言葉が出る前に電話を切った。妙な勘繰りをするな、と言いたかった。

「ったく……」

 小さく呟いて、彼女は大賀を振り返った。彼はその視線にも気付かずに黙々と資料を読んでいる。何でもないような顔をしていても、裏では何か思考を巡らして止まないのが大賀俊佑だ。彼の前では至ってポーカーフェイスでいようと巫月は誓った。

「この、茂木強っていう男が主犯格と見ていいんだな?」

 大賀は突然呟くように言った。

「そうだ。単独犯と考えても、いいと思う」

「この茂木はどうしてる」

「今日付けで辞めさせた。ただ……」

「ただ?」

「気になるんだ。さっき灰乃がここへ来た理由が、茂木だった」

「あいつがってことは、あのホテルの事件関連ってことか。ならどうなる?」

「この会社が叩かれることだけは確かだろうね。だがそれは最も避けたいことだ」

「だが、最も避けがたいことでもある」

「分かってる」

 ノック音がして、瑠璃子がやってきたことを告げた。向かい合って座っている二人を一度ずつ見て、瑠璃子は巫月の横を一つ空けて座った。「まるで、極秘捜査でもしているかのようですね」

 瑠璃子が辺りを見回して言う。三人がいる以外は、相変わらず静かだった。

「まあ、当たらずとも遠からずだろ」

 大賀が苦笑いしながら言った。

「その通りだ。だから、ここで話したことは決して外に漏らさないで欲しい。井月さんも、大賀も」

 瑠璃子と大賀は静かに頷いた。



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