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EP.1

西暦2103年 1月4日 13:24(CEST(中央ヨーロッパ時間)、UTC+1)

スイス連邦 ジュネーヴ州 ジュネーヴ

パレ・デ・ナシオン 地下2階

国際連合欧州本部 国連宇宙総局(UNSD)


正月三が日でもロクに休めないこの職場において、1月4日は単なる平日に過ぎないことを、UNSD宇宙事故調査局の主任調査官である高羽はよく理解していた。

それでも、毎年恒例の大量の書類仕事だけで済むと思っていたが、そうではなく、この日は明らかに異常だった。


「マイケル・コリンズ宇宙港で重大事故、死傷者多数」


つい数分前に、そのような報告が入ったのだ。

地球-月ラグランジュ点L1、マイケル・コリンズ宇宙港。

年間貨物取扱量は9000万トンを優に超える、文字通り地球圏の心臓である。


「詳細は?」


高羽が尋ねると、部下のポーランド人女性が画面から目を離さずに答えた。


「マイケル・コリンズ宇宙港第2岸壁(ドック)横通路で液化酸素漏出事故が起こりました。空間の急激な冷却と気圧の上昇に伴う窓の破損が発生。現時点での死者は24名。負傷者は90人を超えています」


死者20名超え。過去17年間で起こっていなかった規模の大事故だ。

絶対に単なる事故では済まされないことは、高羽にも容易に想像がついていた。


「原因は?」

「宇宙港管制からの報告では、LOXカーゴ(液化酸素輸送機)LOX(液化酸素)タンクを繋ぐパイプの破損が原因と見られています」

「なるほど……」


高羽は考え込む。

大抵の宇宙港では、作業員や管理職員が通行する通路は液化酸素パイプのすぐ横に設けられている。

単純に空間上の制約があること、そしてパイプの異常の発見が容易だからだ。

今回の事故ではそれが仇になったのは間違いない。

しかし。

2070年代の宇宙港施設ならさておき、2096年に完成したマイケル・コリンズ宇宙港は安全性を重視した設計になっている。

それでも当然事故は起こる。だとしても、この規模の事故が起こるには()()()おかしかった。


「高羽調査官!ちょっといいか?」


後ろからドイツ人の上司に声をかけられ、高羽は我に返る。


「レオンハルト課長」

「宇宙港管制から正式に要請を受けた」


彼の表情は険しい。


「我々UNSDはマイケル・コリンズ宇宙港に調査団を派遣する。君には第一陣として、速やかに現地入りしてもらいたい」

「わ、分かりました」


彼は低い声で続ける。


「過去十数年で最大規模の事故だ。すでに各国政府もマスコミも騒ぎ始めている。正直、単なる設備事故では終わらないだろう」


高羽も同意見だった。


「出発は30分後だ。ジュネーヴ空港からチャーター機でアゾレスへ。急で申し訳ないが、頼んだぞ」


そこまで言ってから、レオンハルトは思い出したように付け加えた。


「あの宇宙港で何が起こったのか、確かめてきてくれ」


西暦2103年 1月4日 15:56(UTC-1)

ポルトガル共和国 アゾレス諸島 サンミゲル島 沖合4km

国際軌道エレベーター(ISE) 2号機基部

挿絵(By みてみん)


「まもなく本クライマーは上昇過程に入ります。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。ユーリイ・ガガーリン宇宙港への到着は14時間後を予定しております」


近年大開発が行われ、ほとんどの機能がメガフロートの上に置かれているヨハネ・パウロ2世空港に到着してから1時間。

北緯35°を超える地点に建設されたこともあり、一時は「非常に困難と言わざるを得ない」と評されたこの軌道エレベーターも、今では4つの軌道エレベーターの一角として欧州と宇宙を繋ぐ重要なインフラとなっていた。

その貨客用クライマーのエコノミークラス。

この軌道エレベーターを管理しているのは自分たち(国連宇宙総局)なんだからビジネスクラスくらい乗せてくれてもいいじゃないか。

そんなことを考えながら高羽は端末で最新の調査資料を開く。


「高度100kmを通過したため、時間帯は協定世界時となります。お手元の時計と壁掛け時計で1時間程度の時差が発生する可能性がありますが、ご了承ください」


機械的なアナウンスが鳴り、彼は苦笑する。

地上でも面倒だった時間という概念は、人類が宇宙に進出してからさらに面倒なものとなった。

地球上の各国標準時。地球軌道上の協定世界時。月周辺の月面標準時。

それこそ高羽がたった今読んでいる事故報告書も、時間帯はバラバラだ。

その時、資料の右上にメールの通知が表示された。

発信元はジュネーヴの国連宇宙総局本部。

内容は簡潔だった。


『現地においては月面自治評議会、アメリカ軌道軍などの干渉が予想される。注意せよ。』


「注意せよって何にだよ……」


彼は必要なことがほぼ書かれていないメールを閉じながら小さくつぶやく。

政治的配慮。

事故調査官が最も嫌う、そしてかなりの頻度で現れる言葉の一つが頭に浮かび、彼はその現実から逃避するようにゆっくりと瞼を閉じた。


西暦2103年 1月5日 08:02(EOST(地球軌道標準時)、UTC±0)

高度35786km 静止衛星軌道上

ユーリイ・ガガーリン宇宙港 メインターミナル


軌道エレベーターから降り無重力の通路を通り抜け、人口重力空間である宇宙港ターミナルに入ると、目の前に掲げられた”Welcome to Yurii Gagarin Space Port”の巨大な横断幕が目に入った。

ターミナル内は、地上の空港に似ているが少し違う独特の活気に満ちていた。

様々な人々が、人口重力のために回転を続けるターミナルの中を行き交っている。

その中を高羽は足早に通り抜け、UNSDの事務所の前まで着くと、連絡を受けていたのかすでに職員が待っていた。

UNブルーのネクタイを締め、スーツの胸には国連ロゴの小さなバッジを付けている。


「UNSDユーリイ・ガガーリン宇宙港出張所のマーティンです。事故調査局の方ですね」

「事故調査局の高羽と申します」


軽く自己紹介を交わした後、高羽はマーティンと名乗った職員から説明を受ける。

彼によると、国連籍の宇宙機があと30分で出発するらしい。


「随分早いですね……」

「本当なら2時間後に定期便として出るはずだったんですがね。非常時なので出発を早めました。」


彼はそういいながら手元の端末を操作し、搭乗券代わりの電子許可証を高羽の端末に送信する。


「既に機内にうち(宇宙港出張所)の調査官が待機しているはずです」

「分かりました、わざわざありがとうございます」


彼は出張所があるターミナルから伸びる長い無重力の連絡通路を、手すりをつたって進む。

その先には、各国軍や国連が保有するいくつかの宇宙機や宇宙船が係留されていた。

目的はその中にある1機の宇宙機。

国連旗とUNSDのロゴ以外に、装飾らしい装飾がない真っ白な機体。

国連宇宙総局が保有する公用宇宙輸送機『トリグブ・リー』だ。

高羽が搭乗ゲートに電子許可証の二次元コードをかざして機内に入ると、既に機内には1人の男が座っていた。


「ユーリイ・ガガーリン宇宙港出張所のオルロフだ」

「事故調査局の高羽です」


高羽が席に着き、男と軽く自己紹介を交わした時、船体が微かに震え始めた。機体のメインエンジン始動だ。

やがて機体のドッキングが解除され、姿勢制御スラスターが作動。

窓の外で、巨大な宇宙港施設が離れていく。


「本機はこれよりマイケル・コリンズ宇宙港へ向け加速を開始します。到着は明日0時30分頃を予定しております」


機体はゆっくりと月に向けて加速していく。

わずかな揺れの中で、高羽は自分の端末から事故の調査資料を開く。

最新情報のタブには、「ブラックボックス行方不明」の文字が表示されていた。


つづく

自分の執筆速度では更新速度は絶望的に遅いと思いますがたぶん完結します。

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