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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ミツマ育て

掲載日:2026/05/24

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ねえねえ、こーちゃん。すっごい、バカな質問をしていい?

 無敵ってさ、どういうことだと思う?

 敵がいない状態。つまり、世の中で一番強い存在であるということ。けれど、世の中には上には上がいる。たとえ今はいなくとも、将来には生まれるかもしれない。

 たとえ今こうしていても、いつだれに、どのように足をすくわれるかもわからない。そうなった瞬間に無敵なんてものは、この世に存在しなくなる。

 すべてを受け付けないヤツなんかいないだろうし、本当の無敵ってなんだろう? とこーちゃんの意見を聞きたくってさ。


 ――思うに、自分の心の中にある、相手を敵とみなしてしまう意識を克服できたとき? すべてを自分の軸をただすための師であり、友であると認められたそのときに、自然と敵のいない状態になるのではないか?


 むう~、やっぱり最後の相手は自分自身、て感じか。

 こーちゃんより前に聞いた人の何人かも、同じようなことを話してたんだよ。最終的にメンタルの問題に落ち着くって。

 でもなあ~、やっぱり外から誰が見ても無敵! ていうのにも憧れない? 名誉欲というか、ちやほやされたい気持ちって、多かれ少なかれあるでしょ? ことによっては三大欲求より克服しづらいんじゃないかと思うんだけど。

 無敵の探求。これ、どうやら昔から同じようなこと考えている人は多くって。それに関するちょっと妙な話を最近に聞いたんだよ。こーちゃんのネタにならないかなあ?


 僕のおばあちゃんの実家がある離島には、不思議な野菜の存在が伝わっている。

「ミツマ」と呼ばれるその野菜は、はた目には土から顔を出す、巨大なさくらんぼといったような存在だが、市場に出回ることはない。

 土から離されたミツマは、たちまち腐敗をはじめてしまい、10分と経たないうちに灰と大差ない細かい粒と化してしまうんだ。

 育てられる環境も極端で、通常の外気にさらし続けてしまうと、小さな実さえも出てこないままに終わるレベル。昔は洞窟の内部を削って土を運び込んだうえで、そこへ漏れ込むわずかな月明かりと、流れ込む風の中でもってはじめて芽吹かせることができたとか。

 おそらく現在ならビニールハウスとかで厳重な調整をすれば、外で生育もできなくもないのではと思われているけれども……もはや育てていないらしいから、詳しいことは分からない。


 このミツマ。味は全然ないし、食べ物として適したものではない。けれども、これは先に話した「無敵」を得るための手段だったとされるんだ。ただし、真に無敵を得られるのは生まれてから3歳になるまでの間らしいのさ。

 ミツマそのものは、はるか昔に島へ流れ着いたものが種を分け与えたとされる。全身が真っ黄色だったというその人物は、種を託して効力を話した翌日、唐突に姿を消してしまったというんだ。

 折しも当時の島には、定期的に奇妙な病が流行していた。幼い子供だけに起こるその病気は、り患すると高熱を発し、時間を追うごとに身体の肉が少しずつ溶けていくという恐ろしいものだったらしい。

 肉が溶けて、ちぎれたとしても、その下から血が出ることはない。まるで血そのものさえも肉と化してしまったかのごとき有様。一度、発症してしまえば止めるすべはなく、その身すべてが水のようにこぼれ落ちるのを待つよりない。


 しかし、このミツマがあれば違う。

 消えた男は、満月が3度来るたびに、子供たちへこの成ったミツマを踏みしだくように指示を出したのだという。

 できれば自分の力のみで。立ったり歩いたりするのが難しい時には親が手を貸してでも、その裸足でミツマをしっかりと潰すのだと。

 実際、それを行った子は、ミツマを踏まなかった子がことごとく奇病に冒される中であっても平然としており、無事に命を長らえることができたのだとか。

 医療も発達しておらず、祈祷に頼ることが中心だった当時の人にとって、ミツマは紛れもない救世主だったのだけども。


 ある時、島のまわりから魚がこつぜんと消えてしまった。

 ちょうど、子供たちがミツマを踏んだ翌日のことだったみたい。島での食料の大半は魚だったから人々はおおいに困った。

 どうにか島にいくらかある木々の果実をかじり、飢えをしのいでいったものの、この果実もまた、人々が取る以上に、日に日に数を減らしていったのだとか。

 当然、人だけの問題にはおさまらない。そこで住んでいる動物たちが食料を求めて、人の住まうところへ下ってくることが頻発した。

 残った備蓄まで荒らされるわけにはいかず、人々も対策を練っていたものの……ついに、熊が民家を襲うという事態が起こったらしいんだ。


 けれど、被害にあった「人」はいない。

 夜中。腹が減っていたと思しき熊が家の壁を破壊し、押し入るや近くで寝ていた子供の頭に噛みついたんだ。その子は、例のミツマを踏んだばかりだったのだが。

 端的にいえば、熊が「溶けた」。

 かぶりついた口が、どろりと形を失って落ちるのを皮切りに、頭から尾っぽにかけてが、火であぶられた氷のような勢いで、たちまちのうちに熊だったものへ変わり、獣特有の臭さを放つばかりとなったんだ。

 これが一軒のみならず、同じ時間の五軒の家でまったく同じことが起こり、多くの人が目撃したことだって、伝わっている。


 以降、恐れをなした人々によってミツマが育てられることはなくなった。

 名と存在まで失伝せずにいるのは、それまでお世話になったことへの礼儀のようなものじゃないかと思っている。

 例の奇病については、相変わらず症例は見られ続けたものの、数そのものはときと共に減っていったのだとか。消え去っていた魚たちや果実たちも、どこから戻ってきたのか、再びその数を回復していったようなのさ。

 ミツマと子供。彼らにとっての真の敵は分からないけれど、少なくとも敵になりえる者たちは、そこにいなかったといえるかもね。

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