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断罪は嫌なのでヒロイン側を炎上させます

作者: 宮田花壇
掲載日:2026/04/20

「侯爵令嬢リディア・アシュクロフト。君との婚約を、ここで破棄する」


 ああ、ついに始まってしまった。


 卒業舞踏会の中央で、公爵子息ユリウスは非の打ちどころのない横顔をきらりと光らせた。金の髪、青い瞳、よく通る声。その隣では、平民出身のミレイユが今にも泣きそうな顔で肩を震わせている。


 絵としては満点だ。


「君はこれまで侯爵令嬢という立場を振りかざし、ミレイユを精神的に追い詰めてきた。直接手は下さず、証拠も残さず、視線と態度と空気だけで彼女を萎縮させ、孤立させてきたのだ」


 ユリウスは区切りよく言葉を置いていく。


「それだけではない。君はミレイユの成績評価にまで不正介入し、上位推薦の機会を潰した」


 ユリウスはそこで一枚の書類を取り出し、「これがその証拠だ」と高く掲げた。


「ミレイユの評価記録だ。提出前の記録に不自然な訂正が入っている。推薦に必要な点だけが都合よく下げられていた」


 会場の視線がいっせいに白い紙へ集まる。遠目にも、赤字の訂正と追記らしきものが見えた。


「こんなことができるのは、記録に触れられる立場の者だけだ。侯爵令嬢である君なら十分に可能だろう」


 そして最後に、彼は締めくくった。


「このように姑息な手段を用いて弱い者を踏みにじる女が、俺の隣に立つ資格はない。俺が真に愛するのは、ミレイユだけだ!」


 本来なら、ここで空気が決まる。


 非難の声に同情の視線。

 そして見事に執行された正義に対する賛同。


 そうしたものが一気に流れ込んで、断罪は完成する――そういう場面のはずだった。


 だが、実際に落ちたのは沈黙だった。


 しん、と会場が静まる。


 誰も続かない。

 誰も私を責めない。

 誰もユリウスに同調しない。


 最初に異変に気づいたのは、断罪した本人のほうだった。


「……どうした」


 どうしたも何もない。


 起こるはずの反応が起こらなかった。ただそれだけだ。


「あの……」


 遠慮がちに声を上げたのは、とある子爵家の令嬢だった。


「リディア様って、そういう方でしたっけ」


 ユリウスの表情が固くなる。


「何だと」


「いえ……もちろん厳しい方ではありますけれど。ただ、陰でこそこそ追い詰めるくらいなら、真正面からもっときついことを仰るかと」


 それをきっかけに、別の場所からも「たしかに」と声が上がった。


「回りくどいこと、お嫌いそうですものね」

「少なくとも改ざんなんてするお方ではないかと」

「むしろ直接審査会に乗り込んで堂々と意義を唱える姿なら想像できますが」


 声は一つ、二つと重なった。

 遠慮がちだった空気が、少しずつ形を持ちはじめる。


 ――すべて予定通りだった。


 半年前、私は思い出した。

 この世界が前世で遊んでいた乙女ゲームそのものであり、私自身が、その中で断罪される悪役令嬢リディア・アシュクロフトなのだということを。

 その上で思ったことがある。


 私はゲームを遊ぶとき、本編だけでは気が済まない。設定資料集や小説版も含めて徹底的に読み込む。そしてそこに書かれていたリディアは、本編の印象とは少し違っていた。

 成績優秀なのは不正でも血筋でもなく、幼い頃からの努力の結果。言い方がきついのも貴族としてプライドの表れ。なにより許嫁としてユリウスを愛する気持ち自体は本物であり、不器用なゆえに誤解されやすいだけ。

 シナリオの上では、そうした性質が悪い方にばかり出ていただけだった。


 それなのに、本編では何もかもまとめて「感じの悪い悪役令嬢」で処理される。それが少し悔しかった。


 だから思い出したあとも、あえて逃げようとは思わなかった。

 もちろんユリウスの心がもうこちらにないことは、痛いほどわかっている。今さら優しく振る舞ったところで、貼られた札が綺麗に剥がれるとも思えない。


 ならば必要なのは、愛されることではない。


『この女は怖いし感じも悪い。けれど、少なくとも裏で不正をするような安い人間ではない』


 そう、学園中に思わせることだった。


 それからの半年、私は徹底した。


 誰にも媚びなかった。愛想よくもしなかった。

 規則違反は身分を問わず正面から指摘し、不備を見つければ突き返し、面倒事だろうと曖昧に処理しない。自分が嫌われることより、筋が通ることを優先した。


 怖がられもした。煙たがられもした。

 けれどその代わり、認識だけは根づいた。


 リディア・アシュクロフトは面倒くさい。厳しい。感じが悪い。

 だが、やるなら表からやる。


 そもそも、今回の断罪の肝である成績改ざんの記録、あれ自体がユリウスたちの用意した偽の証拠だった。

 いかに憎かろうと相手は侯爵令嬢。日頃の嫌がらせ程度では、公の場で処断するには弱い。彼らには決定打が必要であり、そのために改ざんをでっち上げたのだ。


 無論、それこそ犯罪である。けれど監視カメラも指紋採取もできないこの世界では、そうした記録が誰の手で改ざんされたかを厳密に証明する術も乏しい。

 なにより彼らにしてみれば、それは卑怯ではなく、正義執行のための必要な一手だったのだろう。事実、原作では「リディアならやりそうだ」という空気だけで、その一件は押し切られていた。


 しかし、今はもう違う。ここでユリウスの断罪は噛み合わない。

 少なくとも、何の裏づけもないままでは。


「皆、騙されるな!」


 ユリウスが声を張り上げる。先ほどより少し高い声だった。


「リディアはそうやって取り繕ってきただけだ! 実際、ミレイユはずっと怯えていた!」


 名前を呼ばれ、ミレイユが顔を上げる。


「わ、私……っ、はじめは気にしすぎかなって思ってたんです。リディア様はもともと厳しい方ですし、私が臆病なだけかもしれないって……。でも、その……ユリウス様たちから何度も『大丈夫か?』『つらかったら頼っていいんだぞ』って声をかけてもらって……」


 便利な言い方だ。


 何も断言しない。何も言い切らない。でも「怖がる態度」だけはとる。すると周囲が勝手に意味を補い、勝手に怒り、勝手に相手を悪者にしてくれる。


「なるほど。ならば事実を確認いたしましょうか」


 そこで私は初めて口を開いた。


「ミレイユ様。わたくしは、いつ、どこで、何をいたしましたの?」


 ミレイユの唇が震える。


「そ、その……以前、校舎の倉庫に入ろうとしたら、あなたには資格がないって……」


「北棟第二倉庫のことですわね。あそこには試験用の薬品と高価な備品が保管されています。出入りは貴族籍の生徒と教員のみ。いかに特待生でも、平民のあなたが無断で入れないのは当然ですわ」


「お、お茶会で……花を見ていたら、急に怒鳴られて……」


「それはあなたが“かわいい”などと言って、花弁に触ろうとなさったからですわ。あの花は園芸学の名誉教授が活け、わざわざ寄贈してくださったものですもの。そもそも飾り物を不用意に触らないのは、身分以前に常識でしょう」


 ミレイユの顔が赤くなる。


「そ、それに……顔を合わせる度に睨まれて……!」


「ごめんあそばせ。この目は生まれつきです」


 会場のあちこちでクスッとした笑いが漏れた。

 一方、ミレイユの目にはみるみる涙が溜まっていく。


「もうやめろ!」


 耐えきれず、ユリウスが割り込んだ。


「見ればわかるだろう! ミレイユはこんなにも傷ついている! どんな正論があっても、相手をここまで傷つけてはならない!」


「そうでしょうか。たしかに一理ありますが、この場合の『怖かった』はただの被害妄想です。それだけでは罪状足りえないと思いますが」


「君は彼女の苦しみを軽んじるのか!」


「いいえ、そうではありません。でも、それと誰かを罪人と決めることは別の話だと言いたいだけです」


 ユリウスの顔が強張る。

 私は容赦なく続けた。


「そもそもユリウス様。あなたは正々堂々、悪と相対しているつもりかもしれませんが、そもそも成績の改ざんは重大事案。本来ならばこんな大事、まずは第三者を通して事実確認をしたうえで対応すべきだったのでは?」


 図星だったのだろう。ユリウスが言葉に詰まる。

 私は続いてミレイユへ向き直った。


「あなたもあなたです」


 ミレイユがびくりと肩を震わせる。


「根拠の薄い曖昧な話だけで、私を悪役に仕立て上げ、ご自分は“守られるべき弱い側”に収まる。自分の手は汚さず、周りを仕向ける。それこそ卑怯ではなくて?」


「そ、そんなつもりでは……」


「つもりの有無は関係ありません。それは今しがたユリウス様も仰ったことです」


 実際、ゲームのリディアはそれで破滅した。それが紛うことなき事実だ。


 会場の心はもう完全に二人から離れていた。

 誰も彼らを庇わない。それどころか、ひとたび向きを変えた好奇と嫌悪は早い。正義の顔をして断罪を始めたユリウスと、涙に隠れて意味だけを投げ続けたミレイユに、今度は疑いと嘲りの視線が集まりはじめていた。


 もはや、この場で吊るし上げられているのは私ではなかった。


「これでわかりましたか?」


 再びユリウスを見る。


「あなたはミレイユ様を助け、正義のヒーローになるつもりだったのでしょう。ですが実際は、ただ己の正義感に酔っていただけです。確認もせず、都合のいい話だけを継ぎ足して、人ひとりを衆人環視の場で吊るし上げる。これは正しい正義の執行ではありません」


 私はパチンと扇を閉じた。


「弱い者を踏みにじる女が、あなたの隣に立つ資格はない――そう仰いましたわね。その言葉、そのままお返ししますわ。あなたこそ、私の隣に立つ資格はありません」


 周囲から喝采が上がる。

 ユリウスは何も言えなかった。ミレイユは泣いたまま顔を上げられない。最後に、私は一礼だけして会場を後にした。


「では、ごきげんよう」


 ふぅースッキリした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

もし少しでも皆様の暇つぶしになったようでしたら、


【ぜひ下の☆☆☆☆☆をタップして★★★★★にしていただけると嬉しいです!】


よろしくお願いします!


ちなみにこの後日談として、式の参列者として一部始終を見ていた国王陛下から「降りかかる火の粉を用意周到な準備で未然に防いだ才女」と評価され、宮廷の危機管理広報部門にスカウトされるくだりを考えたのですが、蛇足だなと思って破棄しました。

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