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第三十八章:決断の夜明けと、不条理な別れ

古代魔王・佐藤が最新式のスマホを手に、ピクセル状の光となって去っていった。  残されたデータタワーの最上階。サーバー室の冷却ファンが完全に停止し、室内に静寂が戻る。バキバキの画面の古いスマートフォンを握りしめ、キョムは無表情のまま、仲間たちへと向き直った。

「……話し合おう。どうする」

キョムの静かな問いかけに、真っ先に口を開いたのはビビろうだった。  ミスリルの大楯を抱え込み、床にへたり込んだまま、いつもの情けない涙目ではなく、静かでどこか吹っ切れたような目でキョムを見つめた。

「……俺は、この異世界に残るよ、キョムさん」

「えっ……!? ビビろうさん、あんなに日本に帰りたがっていたのに……!?」

歩花が、おばあちゃんペガサスの首に抱きついたまま、驚愕の声を上げた。  ビビろうは、照れくさそうに頭を掻きながら、ヘラヘラと笑った。

「佐藤のやつが言ってたじゃんか。俺が日本に帰って、ずっとキョムさんと一緒にいたら、いつかキョムさんの虚無が埋まって、消えちゃうかもしれないって。……俺さ、世界一の臆病者だけど、キョムさんが消えちゃうのだけは、絶対に嫌なんだよ。だから、俺はここで、大楯を背負って逃げ回る人生を選ぶ。それなら、キョムさんも消えないし、俺も無敵の甲羅で生きていけるからさ!」

ビビろうの、不器用で、命懸けの男気。  キョムは無表情のまま、何も言わずにビビろうの目を見つめ、静かに頷いた。

(クハハハ! ならば吾輩も、この世界に残るぞ! 何度も言っているが、この魔素に満ちた異世界は、吾輩にとって九尾へと返り咲くための至高の楽園! 狭苦しい日本の神社に戻るなど、金輪際ご免こうむるわ!)

コンタが三本の黄金の尻尾を誇らしげに逆立て、子犬の顔に傲慢な笑みを浮かべた。  ビビろうとコンタ。この異世界を「自分の居場所」として選び取った二人が、ここに残る。そして、キョムと歩花、おばあちゃんペガサスが日本へと帰還する。

歪な勇者パーティーの、静かなる決裂と、それぞれの未来。


聖女の断罪と、狐の絶望

「……キョムさん。日本に帰る前に、一つだけお願いがあります」

歩花が、おばあちゃんペガサスから降りて、キョムの前に立った。  その桜色の瞳は、かつてないほどに真剣で、どこか冷徹な光を宿していた。

「キョムさんの虚無マジックバッグの中に、コンタさんが前世で従えていた『不浄な妖怪たち(大入道や鎌イタチ)』が、まだ残っていますよね。……あれをすべて、ここに吐き出してください」

「……何をする気だ、歩花」  キョムが、無表情のまま問いかけた。

「この世界に、不浄なものをできるだけ残してはいけませんから。……コンタさんがこの楽園で力を取り戻すのは自由ですが、前世の悪意や怨念を、この綺麗な異世界に持ち込ませるわけにはいきません。……私の力で、すべてを浄化します」

歩花の言葉は、優しき少女のものではない。世界の調律者としての、絶対的な聖女の意志。  キョムは無言で頷き、右腕を前に突き出した。

「……出ろ」

キョムの虚無の底から、前世の東京の闇で呑み込んできた怨霊や、不浄なる妖怪の群れが、泥のようにドロドロと吐き出されていく。

「はああああああっ!!」

間髪を入れず、歩花の両手から、これまでの旅路で限界まで凝縮された、圧倒的な桜色の浄化の光が放たれた。  フライパンを置き、聖なる力を全解放した歩花の光。吐き出された妖怪たちは、断末魔を上げる暇すらなく、その眩い光の奔流に呑み込まれ、一瞬にして光の粒子へと分解され、大気へと還っていった。

(な、な、吾輩の……吾輩の可愛い配下(妖怪)たちが……一瞬で……!!)

コンタが、三本の尻尾をダラリと垂らし、子犬の顔を絶望に染めて立ち尽くした。  前世から引き継いできた、己の手足となるはずだった闇の兵力。それが、歩花の圧倒的な正義によって、根こそぎ消滅させられてしまった。

(う、うわああああああああっ!!! 吾輩の帝国がぁぁぁ!!!)

コンタは、天を仰ぎ、世界の中心のデータタワーの最上階で、魂を切り裂くような絶望の遠吠えを轟かせた。  ビビろうが「う、聖女って怒らせると本当に一番怖いよぉ……」と、ミスリルの大楯を抱え込んでガタガタと震えている。


最後の転移、そして白き神獣

不浄の浄化を終え、データタワーの最上階の床に、バキバキのスマホが置かれた。  パスワードは解除されている。画面に表示されているのは、日本への帰還ゲートを開くためのボタン。

「……じゃあ、行くぞ」

キョムが、無表情のままスマホの画面の[はい]のボタンを押した。  玉座の間の空間がぐにゃりと歪み、青白い、懐かしい電磁ノイズの光を放つ次元のゲートが出現した。

「じゃあね、ビビろうさん、コンタさん! お元気で! いつかLINEで連絡してくださいね!」

「おう! そっちでも、キョムさんをよろしくな! コンビニスイーツとおでんの大根、俺の分まで食べてくれよぉぉ!!」

ビビろうが、大楯を振りながら涙目で叫ぶ。  絶望から立ち直れないコンタをその場に残し、歩花が、怪我を負ったおばあちゃんペガサスの首に抱きつきながら、真っ先にゲートへと飛び込んだ。

キョムもまた、首元のニャメの毛並みをそっと撫で、ゲートへと足を向けた。

「……達者でな、ニャメ。お前も、この世界に残って、神速の獣として自由を謳歌しろ」

ニャメはキョムの言葉に、何も言わず、ただ静かにキョムの首元から床へと降り立った。

「ナァウ(達者でな、キョム)」

別れの挨拶。キョムは無表情のまま、一歩、青白い光のゲートへと足を踏み入れた。  身体が光の粒子に包まれ、視界が白く染まり、異世界の風景が遠ざかっていく、その転移の瞬間。

――タァッ!

静寂を切り裂き、白き閃光が跳躍した。  床に残っていたはずのニャメが、限界を超えた神速で空間を蹴り、キョムの胸へと飛び込んできた。

「ニャァウ!(残るわけないだろ、大馬鹿者!)」

「……っ!」

キョムは無表情の仮面の下で、初めて目を見開き、胸に飛び込んできた白猫を、力強く抱きしめた。  そのまま、光の奔流が二人を包み込み、異世界のデータタワーの風景は、完全に消失した。


東京のボロアパート、スローライフの始まり

パサリ、と畳を踏む足音。  視界が開けると、そこはカビ臭く、埃の積もった、懐かしい東京のボロアパートの一室であった。  窓の外からは、パトカーのサイレンや、遠くを走る電車の音が聞こえてくる。

「……帰ってきた」

キョムが、無表情のまま呟いた。腕の中には、白猫のニャメが、何食わぬ顔で喉をゴロゴロと鳴らしている。

「キョムさん! ニャメさん!」

隣の部屋から、バタバタと足音が響き、歩花が飛び出してきた。その背後には、ペガサスから元の「優しいおばあちゃんの霊」の姿へと戻ったおばあちゃんが、ヘラヘラと笑いながら浮遊している。

「ふふ、やっぱりニャメさんも、キョムさんと一緒が良かったんですね!」

「ナァウ(猫は気まぐれなのだ)」

キョムの胸で丸くなるニャメを見つめ、歩花が嬉しそうに笑う。  異世界の魔王をボコボコにし、不条理な決裂を経て、それでも彼らは、自分たちの意志でこの灰色の世界(日本)へと帰還を果たした。

「決定だ。……約束通り、コンビニスイーツと、おでんを買ってくる」

「はいっ! 私、お茶を淹れて待ってますね!」

前世の孤独な怨霊の物語は、いま、温かい仲間たちとの、賑やかで平和な東京のスローライフへと、静かに、そして幸せにシフトしていく。


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