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第三十七章:虚無の循環(ホワイトホール&ブラックホール)、そしてオタク魔王の旅立ち

キョムの呑み込む虚無ブラックホールと、ビビろうの弾く虚無ホワイトホールが、ミスリルの大楯を介して直結する。  二つの虚無の超循環が放つ白き光。空間を歪ませるほどの圧倒的な斥力の奔流が、巨大なピクセル・ゴーレムのドット絵の巨体を真っ二つに引き裂き、粉々に粉砕した。

「うおおおおおっ! どけぇぇぇ! 道を開けろぉぉぉ!!」

ビビろうのヤケクソの絶叫と共に、二人は立ちはだかる電子の残滓を押し潰し、最奥の黒いメインタワーサーバーの目前へと爆走し、肉薄した。

「はああああああっ!!」

すかさず、背後から跳躍した歩花が、桜色の聖なるオーラを全集中させた鉄のフライパンを両手で振り下ろした。

――ガギィィィィィンッ!!!

凄まじい金属音が極寒のサーバー室に木霊し、黒いメインサーバーの筐体に深い亀裂が入った。バチバチと火花が散り、サーバー室の冷却ファンが悲鳴を上げて、システムが物理的にシャットダウンしていく。

『あー! 待って待って! ストップ! サーバーの配線が物理的にひん曲がってるから! バックアップ取ってないデータが飛んじゃうからぁ!!』

ホログラムの佐藤が、コントローラーを放り出して両手を上げ、涙目で慌てふためいた。  システムの強制停止により、サーバー室の絶対零度の冷気が急速に和らいでいく。キョムは無表情のまま右手を下ろし、歩花も構えていたフライパンをゆっくりと下ろした。


オタク魔王の本音

静寂が戻ったサーバー室。  火花を散らす黒いメインサーバーの前に、ひょろっとしたチェック柄シャツの男――古代魔王・佐藤が、ホログラムではなく、実体を持った生身の人間としてペタンと床に座り込んでいた。

『いやぁ、手加減なしだね令和の勇者様たち。……まぁ、いいや。僕、この世界を離れることにしたからさ』

「……離れる?」  キョムが無表情のまま、佐藤を見下ろした。

『そう。もともと僕、前世じゃただの引きこもりでさ。コミュ力なんて皆無なわけ。それなのにこの世界に転生して、チート能力(虚無の循環)を手に入れちゃったもんだから、調子に乗って魔王なんて名乗っちゃって。配下なんて持ったことないのに魔将軍とか作っちゃうから、管理もできずに衝突ばかり。いろいろやらかしちゃってさぁ。実は前から居づらくなって、どうしようか考えてたんだよね』

佐藤は、黒縁メガネをクイと押し上げ、自嘲気味にヘラヘラと笑った。

『せっかく見つけた異世界だけど、また新しい、自分だけの静かな居場所を探す旅に出るよ。だから、君たちがこの世界に残るなり、帰るなり、好きにしていいよ。魔王システムは、僕がログアウトすれば勝手に消えるから』

佐藤はそう言うと、チノパンのポケットから、ピカピカの最新式のスマートフォンを取り出した。

『選別に、あのバキバキの古いスマホは君たちにあげるよ。さすがに古かったから、僕は最新式の機種変更をしたんだ。異世界転移とかのアプリのデータ移行に最初はすごい時間がかかったんだけどさ、今は無事にLINEも繋がるようになったから。気が向いたら連絡してよ。ふるふるでもID検索でもいいからさ』

「LINE繋がんのかよ!!」

ビビろうが、耐えきれずにツッコミを入れた。異世界の最果てでLINEの友達追加の提案をされる不条理。

観測者と、二つの虚無の行く末

佐藤のヘラヘラとした表情が、ふと真面目なものへと変わった。  彼は床に座り込んだまま、大楯を抱えるビビろうを真っ直ぐに見据えた。

『……それとさ、ビビろう。君にアドバイスというか、忠告があるんだ』

「え? 俺に……?」

『君、前世のアパートの時から、ずっとキョムの「観測者」だったでしょ?』

佐藤の言葉に、キョムが無表情のまま微かに目を細めた。

『前世に戻ったら、君はその観測者の役目からは、いつか逃げ切れなくなる。特に、キョムと一緒にいたら、君はいつまでもキョムから離れられないよ』

「な、何の話さ……」  ビビろうが、困惑して顔を引きつらせる。

『君たちの虚無は、キョムが呑み込む「入りブラックホール」で、君が吐き出す「出口ホワイトホール」。別の世界だから、今のところ、お互いの繋がりは遮断されている。でも、前世の同じ世界に戻ってずっと一緒にいたら、いつか入り口の方は呑み込みすぎて埋まり、出口の方は吐き出しすぎて空っぽになる。……そしたら、キョムは完全に消えちゃうんじゃないかな』

キョムの消滅。  その言葉に、歩花が息を呑み、キョムの服の裾をぎゅっと握りしめた。

『僕みたいに「入り口と出口の両方」を一人で持っている完全な循環なら消えないけど、君たちは二人で一つだからね。……でもさ、アドバイス。二人なら、別々の世界に離れれば可能なんじゃないかな。キョムが呑み込み、君が吐き出す。次元の壁を隔てて別々になれば、互いに干渉し合わずに、キョムが消えることもなく、それぞれの虚無を保ち続けられるはずだよ』

それは、魔王・佐藤が自らの虚無の経験から導き出した、二人に対する最大のアドバイスであった。

『……まぁ、お節介だけどね。僕はこの世界で随分失敗しながら、いろんなことを経験したし。今度、新しい居場所が見つかったら、誰にも迷惑が掛からないように、ひっそりとうまくやるつもりだからさ』

佐藤はそう言って、実体を持った身体をゆっくりと立ち上がらせた。  そして、最後にもう一度、ヘラヘラとした、どこか晴れやかな笑みを浮かべ、片手をひょろりと挙げた。

『それじゃあね、令和の勇者御一行様。またどこかのサーバーの海で!』

佐藤の身体が、ピクセル状の光のノイズに包まれる。  そして、ふわりと。世界の中心のデータタワーの最上階から、ひょろっとしたオタク風の男の姿は、跡形もなく掻き消えていった。


静寂が戻った、冷房の止まったサーバー室。  残されたのは、キョムのコートのポケットにあるバキバキの古いスマホと、佐藤の残した重いアドバイス。

「……消える、なんて。そんなの、嫌です……!」

歩花が涙を浮かべ、キョムの腕に縋り付いた。  キョムは無表情のまま、歩花の頭をそっとフライパン越しに撫で、ビビろうを見た。  ビビろうは、ミスリルの大楯を抱えたまま、佐藤の消えた空間を、呆然と見つめていた。

呑み込む虚無ブラックホールのキョムと、弾き出す虚無ホワイトホールのビビろう。  二人が前世の日本に一緒に帰れば、いつかキョムは消えてしまう。だが、別々の世界に離れれば、お互いに消えることなく存在し続けられる。

魔王・佐藤が去り、不条理な戦いは唐突な終わりを迎えた。  そして勇者パーティーは今、自分たちの「存在そのもの」を懸けた、最後の、そして最も静かな決断の岐路に立たされていた。


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