第三十四章:電子の防壁と、傷ついた翼
おばあちゃんペガサスの大きな翼に風を乗せ、一行は赤黒い雲海を割りながら、世界の中心へと向けて一直線に飛翔していた。 視界の先、世界の「へそ」にそびえ立つのは、黒曜石と未知の金属で編み上げられた巨大な【メインサーバー・データタワー】。その表面には、バキバキと青白い電子ノイズが走り、天を衝くようにそびえ立っている。
「うわああああっ! 高い! 怖い! 落ちる! 誰か俺のシートベルトになってぇぇ!」
ビビろうが、ペガサスの背中でミスリルの大楯を抱え込み、目を白黒させて絶叫している。
(ふん、情けない男よ。見よ、あのタワーの頂を! 吾輩の三尾の金炎で、あの黒い棒ごと焼き尽くしてやるわ!)
コンタが、三本の黄金の尻尾を誇らしげに逆立て、子犬の顔に不敵な笑みを浮かべる。ニャメもまた、キョムの首元で「ナァウ」と静かに喉を鳴らし、目を細めてタワーを凝視していた。
「……見えたな。あそこだ」
キョムが無表情のまま、コートのポケットからスマホを取り出し、画面の位置情報を確認した。 タワーの真下に広がるのは、電子的な幾何学模様が刻まれた黒い大理石の広場。そこに着地し、タワー内部のサーバー室へと侵入する算段だ。
『よぉし、みんな! 一気に急降下するよ! 舌を噛まないように、しっかり吾輩の首に捕まりな!』
おばあちゃんペガサスが豪快に嘶き、純白の巨翼をすぼめて、タワーの直下へと向けて急降下を開始した。
だが、その瞬間であった。
――ピキィィィン!
タワーの周囲の空間が、突如として赤黒いハニカム構造(六角形)の光で埋め尽くされた。 それは、佐藤が張り巡らせた絶対的なセキュリティシステム。物理攻撃も魔法攻撃も一切受け付けない、超高圧の【電子バリア】であった。
『な、なんだい、この光の壁は……!?』
「おばあちゃん、危ない! 止まってぇぇ!!」
歩花が悲鳴を上げるが、急降下の慣性は殺しきれない。 おばあちゃんペガサスは、孫である歩花をその巨体で庇い、バリアの光の壁へと激突した。
――バチバチバチィィィッ!!!
玉座の間の大魔将軍を遥かに凌ぐ、超高圧の電磁ノイズが、おばあちゃんペガサスの純白の翼を直撃した。
『ぐ、ああああああっ!!』
おばあちゃんの絶叫が、世界の中心に響き渡る。 聖なる神獣の翼が、電子の光に焼かれ、黒い煙を上げて焦げ付いた。推進力を失った巨体が、バランスを崩して、タワーの直下の大理石の床へと真っ逆さまに墜落していく。
「おばあちゃんっ!!」
歩花が叫び、キョムは無表情のまま、落下する全員を自らの虚無の重力で包み込み、落下の衝撃を相殺して床へと軟着陸させた。
立ち塞がる電子の壁
着地した黒い大理石の床。 おばあちゃんペガサスは、息を切らしながら横たわっていた。その美しい純白の翼の片方が、黒く焼け焦げ、痛々しく煤を上げている。
「おばあちゃん! 大丈夫!? 私の光で、今すぐ治しますから……っ!」
歩花が涙を浮かべ、両手から桜色の浄化の光を放ち、おばあちゃんの焼け焦げた翼へと注ぎ込む。だが、佐藤の電子バリアが放つダメージは、物理的な火傷ではなく「データの破損」に近い。歩花の光を浴びても、翼の傷はすぐには再生しなかった。
『……すまないねぇ、歩花。ちょっと、油断しちまったよ。翼のデータがバグっちまって、これじゃあ、しばらくは空を飛べそうにないねぇ……』
おばあちゃんが、弱々しく嘶きながらも、孫を安心させるように、ふさふさとした白い尻尾を小さく揺らした。
「そんな……おばあちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
歩花が、おばあちゃんの首に抱きついて涙を流す。 その光景を、キョムは無表情のまま見つめていた。だが、その黒いコートの下、キョムの虚無の魔力が、静かに、そして激しく逆巻いている。
(く、くそぅ……! 吾輩の三尾の金炎でも、あの赤い六角形の壁には、傷一つつけられんというのか……!?)
コンタが、三本の尻尾をボウボウと逆立てながら、タワーの周囲を覆う電子バリアを睨みつけた。ニャメもまた、キョムの足元で、耳をペタリと伏せて不快そうに牙を剥いている。
タワーの入り口へと続く階段。 そこには、歩くことも触れることも許さない、赤黒い電子バリアの光の壁が、絶対的な拒絶の意思を持って立ち塞がっていた。
「……歩花、おばあちゃんを頼む」
キョムが、無表情のまま一歩、バリアへと歩を進めた。
「キョムさん!?」
キョムは答えず、ポケットからスマホを取り出し、バリアの光を見据えた。 おばあちゃんを傷つけた、あのひょろっとした魔王(佐藤)のセキュリティ。
「……ビビろう。前に出ろ」
「えっ!? 俺!? な、なんでだよ、あの赤い壁、触ったら翼が黒焦げになるんだよ!? 嫌だよ、死にたくないよぉ!」
ビビろうが、ミスリルの大楯を抱え込んで後ずさりする。 だが、キョムの漆黒の目が、ビビろうの目を真っ直ぐに射抜いた。
「……お前の『弾く虚無』と、俺の『呑み込む虚無』だ。あいつが俺たちの能力を持っていると言うなら、俺たち二人で、あの壁を物理的にこじ開ける」
おばあちゃんの翼を焼かれた怒りを、キョムは静かな、冷徹な殺意へと変換していた。 逃げ腰のビビろうの襟首を掴み、キョムは無表情のまま、絶対零度のバリアの壁へと、二人で歩みを進めるのであった




