第三十二章:虚無の宣告と、再編の誓い
赤黒い雲が渦巻く世界の最果て。 バラバラに引き裂かれた仲間たちのエゴと本音が、荒野の風に吹き曝されていた。 コンタとニャメの「残留と力の渇望」、ビビろうの「即時帰還と保身」、歩花の「世界の救済と正義」。誰もが自らの譲れない一線を主張し、一触即発の沈黙が場を支配する。
全員の視線が、無表情のまま佇む男――キョムへと集まっていた。
キョムは、静かにコートのポケットからバキバキのスマートフォンを取り出した。画面を見つめるでもなく、ただその冷たいガラスの感触を確かめるように掌で転がす。
そして、感情の一切を削ぎ落とした、絶対的な静寂の声で言い放った。
「……魔王を倒す」
その一言が、荒野の静寂を切り裂いた。
「え……?」 歩花が、大きな目を瞬かせてキョムを見つめた。ビビろうの顔が絶望に歪み、コンタが怪訝そうに三本の尻尾を揺らす。
「待ってよ、キョムさん! 魔王を倒すって、あいつには歩花ちゃんの光も効かないし、ホログラムで実体もないんだよ!? 倒しようがないじゃん! それに、なんでわざわざそんな危険な道を選ぶのさ! 今すぐスマホのパスワードを入れて、平和な日本に帰ろうよぉ!」
ビビろうが半ベソをかきながら、ミスリルの大楯をガタガタと鳴らしてキョムに縋り付こうとした。
「……佐藤は、俺たちの能力(虚無)を二人分持っていると言った。だが、俺たちの能力は、あいつにコピーされたわけじゃない。俺は俺の、お前はお前の虚無を持っている」
キョムが無表情のまま、ビビろうの目を真っ直ぐに見据えた。
「あいつが俺たちと同じだと言うなら、実体のある本体が必ずどこかにある。それを探し出し、俺の虚無で呑み込み、お前の虚無で吐き出す。……物理法則の循環なら、俺たち二人で、あいつを上回ればいいだけの話だ」
「な、何その、超脳筋な物理演算……!」
「……決定だ。魔王を倒す。その後のことは、倒した後でそれぞれ好きにしろ」
キョムの言葉は、誰の意見も否定せず、同時に誰の意見にも阿らない、絶対的な虚無の宣告であった。
「日本に帰りたいなら、魔王を倒してから帰ればいい。この世界に残りたいなら、魔王を倒してから残ればいい。邪魔な魔王を排除してから、それぞれが望む未来を選べばいいだけの話だ。……不服があるなら、今ここで俺が、お前たち全員を虚無に呑み込んで日本へ強制送還するが、どうする?」
キョムの放つ、一切の光を呑み込む漆黒の重力。 その絶対的な静寂の覇気に、コンタもニャメも、そしてビビろうも、言葉を失って息を呑んだ。
「……あはは。やっぱり、キョムさんは凄いですね」
沈黙を破ったのは、歩花の晴れやかな笑い声であった。 おばあちゃんペガサスの背中から降り、歩花はキョムの隣へと歩み寄り、その袖をぎゅっと掴んだ。
「そうですね。未来のことは、今悩んでも仕方ありません。まずは目の前の障害(佐藤さん)を、みんなでどうにかしちゃいましょう! ほら、ビビろうさんも! コンタさんもニャメさんも!」
(……ふん。相変わらず、無茶苦茶な男よ。だが、魔王を倒した後にこの楽園に残れるというのなら、吾輩に否はない。三尾へと至った吾輩の金炎、あのひょろっとした男の本体に、直接叩き込んでくれるわ!)
コンタが、三本の黄金の尻尾を誇らしげに逆立てて、子犬の顔に不敵な笑みを浮かべた。ニャメもまた、キョムの首元で「ナァウ」と静かに喉を鳴らし、爪を研ぐ。
「う、うぅぅ……。なんで俺の意見だけ、いつも強引にねじ伏せられるのさぁ……。分かったよ、やればいいんでしょ、やれば! その代わり、魔王をボコボコにしたら、絶対に、絶対に日本に帰してよね! コンビニスイーツとおでんの大根、山ほど奢ってもらうからねぇぇ!!」
ビビろうが涙目で、ミスリルの大楯を高く掲げて叫んだ。 エゴと目的はバラバラのまま。だが、「邪魔な魔王を、とりあえず全員でボコボコにする」という、極めてシンプルで不条理な一点において、歪な勇者パーティーの絆は、再び最狂の結束を取り戻した。
『はっはっは! こりゃあ面白い! 決裂からの一致団結、まさに青春だねぇ! 吾輩の翼も、最後まで貸してやるよ!』
おばあちゃんペガサスが豪快に嘶き、純白の翼を広げた。
キョムは無表情のまま、スマホをポケットへと仕舞い込み、荒野の先を見据えた。 オタク風の古代魔王・佐藤。実体のないホログラムを操り、サーバー室に引きこもる引きこもり魔王。
「……サーバー室(本体)を探す。歩くぞ、ビビろう」
「だから、なんで俺が先頭なのさぁぁぁ!!」
ビビろうの情けない絶叫が、世界の最果ての空へと響き渡る。 バラバラの未来を胸に抱きながら、それでも最強の歩みを止めないキョムの一行。彼らの、ひょろっとした魔王を物理的にぶん殴るための『真・最終決戦』の旅路が、今ここに、再び動き出すのであった。




