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第三十一章:軋む絆と、それぞれの本音

世界の最果て、深淵城の重苦しい鉄の門をくぐり、キョムの一行は赤黒い雲が渦巻く荒野へと戻ってきた。  キョムのコートのポケットには、古代魔王・佐藤から預けられたバキバキのスマートフォン。これがあれば、いつでも日本に帰れる。だが、佐藤はホログラムであり、本体がどこにいるのかすら分からない。

静寂が、荒野を支配していた。  いつもなら、魔将軍を倒した後はビビろうの情けない絶叫や、コンタとニャメの小競り合い、歩花の温かい手料理で賑やかになるはずだった。だが、今の彼らの間には、ガラスにヒビが入ったような、張り詰めた沈黙だけが横たわっている。

「……なぁ、キョムよ」

沈黙を破ったのは、コンタだった。三本の黄金の尻尾を不快そうに逆立て、子犬の顔に冷徹な光を宿してキョムを見上げる。

(吾輩は、先ほども言った。この世界に残る、とな。佐藤とやらが魔王だろうが何だろうが、吾輩には関係ない。この濃厚な魔素は、吾輩が九尾へと返り咲くための至高の養分。……貴様らが日本に帰るというのなら、吾輩はここでパーティーを抜けるぞ)

コンタの言葉は、ただの強がりではなかった。彼にとってこの世界は、前世の神社の檻から解放された「妖怪の楽園」。日本に帰ることは、再び弱体化し、窮屈な日常へと戻ることを意味していた。

「ニャァウ(同意する)」  キョムの首に巻き付いたニャメも、静かに目を細めて鳴いた。ニャメもまた、狭いアパートでゴロゴロするより、この世界を神速の獣として駆け抜ける自由を選びたがっていた。

「待って、コンタさん、ニャメさん……! 一緒に日本に帰って、またみんなで平和に暮らせるかもしれないんですよ!?」

歩花が、おばあちゃんペガサスの背中から身を乗り出し、悲しげに叫んだ。だが、その歩花の言葉に、今度はビビろうが、真顔のまま静かに首を振った。

「……いや。俺も、歩花ちゃんとは意見が違う」

ビビろうが、ミスリルの大楯を地面に突き立て、感情の消えた目でスマホ(キョムのポケット)を見つめた。

「俺は、今すぐにでも日本に帰りたい。魔王なんてどうでもいい。あいつがホログラムだろうが、世界をどうしようが、知ったこっちゃないんだよ! 俺はただ、死ぬのが怖い! 痛いのが嫌だ! 懸賞金をかけられて、世界中の暗殺者に怯えながら暮らすなんて、もう限界なんだ! ゲートが開くなら、今すぐパスワードを入れて、日本に帰らせてくれよ!」

ビビろうの言葉は、彼自身の「生存本能」からの叫びだった。世界の平和や、魔王討伐という正義よりも、自分自身の安全を何よりも優先する、剥き出しの本音。

「ビビろうさん……」  歩花が絶望に満ちた目でビビろうを見つめ、そして、自分の胸に手を当てた。

「……私は、魔王を放置して日本には帰れません。佐藤さんは、自分の居場所を作るために、この世界の秩序を歪めている。私の光が効かないなら、効く方法を探して、この世界の苦しんでいる人たちを救わなきゃいけない。……それが、聖女として転生した私の、果たすべき責任だから」

歩花の言葉は、聖女としての自己犠牲と正義感。  コンタとニャメは、「己の力の増大と自由(この世界への残留)」。  ビビろうは、「絶対的な保身と平和(日本への即時帰還)」。  歩花は、「世界の救済と正義(魔王討伐後の帰還)」。

見事に、全員の目的と本音がバラバラに引き裂かれていた。  誰もが、自分のエゴと真実を主張し、互いに譲る気配はない。不条理な力で結びついていた歪な勇者パーティーの絆が、一瞬にして音を立てて瓦解しようとしていた。

『はっはっは! こりゃあ、見事にバラバラだねぇ!』

おばあちゃんペガサスが、不穏な空気を笑い飛ばそうと豪快にいなないた。だが、その瞳にはどこか寂しげな色が浮かんでいる。

『吾輩は、馬だからね。歩花の行く道に翼を貸すだけさ。歩花が残るなら残り、帰るなら帰る。……だがね、みんな。一つだけ、忘れてやしないかい?』

おばあちゃんが、ふさふさとした白い尻尾を揺らし、視線をキョムへと向けた。  全員の視線が、無表情のまま佇む、何もない男――キョムへと一斉に集まった。

キョムの手には、スマホがある。  キョムの影には、四つの古代魔王の武具が眠っている。  そして、キョムの虚無のブラックホールこそが、このパーティーの絶対的な中枢。  彼がどちらを選ぶかで、すべての天秤が傾く。

「……キョムさん」  歩花が、すがるような目でキョムを見つめた。  ビビろうが、血走った目でキョムのポケットを凝視した。  コンタとニャメが、品定めをするようにキョムの気配を伺った。

キョムは、無表情のまま、赤黒い雲の渦巻く空を見上げていた。  自分は、孤独の果てに何もない虚無となった男。会社員時代の未練もなければ、この世界への特別な愛着もない。  だが、自分のポケットには、スマホの冷たい感触がある。

軋む絆、崩壊の危機。  言葉を失った仲間たちを前に、虚無の男・キョムは、静かに、そして誰よりも冷徹に、自分自身の「本音」へと向き合おうとしていた。


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