ストーリーゼロ3(視える少女)
今回は可愛い聖女の歩花ちゃんが登場します!しかし、この聖女、ただの可愛い女の子ではありません……。
「なに?」
小さな影が蠢いていた。
「どうしたの? さみしかったら、歩花とお話しする?」
私は雪村歩花。女子大の二年生。
幼い頃から、私は他の子供たちとは違っていた。一人で、誰もいない空間に向かって楽しそうに話しかける子供。小学生になり、自分が奇異な目で見られていることに気づき、表向きは普通に振る舞うようになった。
それでもいじめられなかったのは、なぜか万人に好意を持たれる特質があったからだ。
「それが、お前の力なんだよ」
亡き祖母は言っていた。一族の中に時々現れる、見えないものを視て、聴こえないものを聴き、見えないものと対話し、善悪を見極めて彼らを「送る」ことができる力。
中学生の時、私にしか視えない泣いている迷子の少女の霊を見つけた。少女の周りには深い闇が押し寄せていた。私は力を使って闇を退け、少女を抱きしめた。少女の魂は私の手の中で光の粒となり、空へと還っていった。
高校生になり、その光の粒の「行き先」を突き止めようと精神を集中させたとき、遠くにぼんやりと光を纏った温かい人影が視えた。その存在は優しく微笑み、手を差し伸べていた。それ以来、力を使うことに迷いはなくなった。
ただ、どうしても耐えられない場所があった。神社仏閣だ。
人々が祈りを捧げる神聖な場所であるはずなのに、立ち入ると凄まじい圧迫感に襲われる。力が強くなるにつれ、その正体が視えるようになった。
それは、凄惨な「魑魅魍魎」の塊だった。
主には、人間に住処を奪われ、虐待され、食肉とされて死んでいった動物や植物の霊。野生の肉食獣の怨念がそれらを束ね、そこに迷える人間の自縛霊も取り込まれ、巨大なキメラ(複合体)と化している。
恐ろしいことに、それは神社仏閣のような「祈りの場」にこそ巣食う。人々が無自覚に捧げる個人的な欲望の祈りは、この魑魅魍魎たちとの「契約」に等しい。魂を繋ぎ、最終的には食い殺される恐ろしい罠。神聖と信じられている場所こそが、彼らの餌場なのだ。
私には、その巨大な怨霊と直接戦う力はなかった。
そんな折に出会ったのが、あの子猫の霊だった。子猫は古い稲荷神社の主である巨大な怨霊に操られ、生きた人間を神社(餌場)におびき寄せる片棒を担がされていた。
私は神社から離れた場所で、子猫をその呪縛から引き離すことに成功した。それ以来、子猫の様子を見るため、定期的にそのマンションの周辺を訪れるようになった。
だが、怨霊は私を敵と見なした。
突然、実家の父が倒れたのだ。怨霊が遠隔から牙を剥いたのだと気づくのに時間はかからなかった。私はマンションの部屋を引き払い、実家で父に何重もの結界を張り、守ることで精一杯だった。
その間に、父を案じる心と「守る」という強い意志が、私の力を別次元へと変貌させていった。
霊の過去のビジョンが瞬時に視え、遠距離でも同時浄化が可能になった。瞬間移動や念動力、時間の操作(遅延)さえ、物理的な超能力として顕現するようになった。
そんなある日、テレビのニュースであのマンションの餓死事件を知った。
すぐに、稲荷神社の怨霊と子猫のことが頭をよぎった。子猫が男性をおびき寄せ、怨霊がその足を砕いて餓死させたのだ。救えなかった後悔が私を苛んだ。
数ヶ月後、私は瞬時にあのマンションへと飛んだ。規制線が張られ、近寄ることはできなかったが、しばらくしてほとぼりが冷めた頃、管理人さんに話を聞いた。
亡くなった男性は、底抜けに明るく、恨まれる要素など一切ない好青年だったという。何も痕跡を残さない不条理な怪死。マンションから駅に向かう路地で、私はあの子猫の気配を感じた。
さらに時が経ち、その事故物件の部屋に、新しい住人が入ったことを知った。
三十代前半の男性だった。突然訪ねてきた私にぎこちない様子だったが、あの子猫の話をすると、彼は表情を和らげた。
その時、私は軽い衝撃を受けた。
視る力を持つ私には、人の悪意や善意がレントゲンのように透けて視える。だが、この男性からは何も視えなかった。
普通の人間は外からの悪意に塗れ、内側に憎悪や自己嫌悪を秘めている。しかし、この人には、天使のような慈愛もない代わりに、内から湧き出る悪意やドロドロとした情念が「一切ない」のだ。
そんな人間は初めてだった。彼の側にいると、魂のノイズが消え、光の粒の先に視えた「あの温かい存在」と同じ安らぎを感じた。
この人を守らなければならない。あの子猫も、今度こそ救い出さなければ。
何度か彼と接触し、共に過ごす時間は私に安らぎを与えた。だが、油断したわけではないのに、再び父の容態が急変した。あの怨霊の呪縛が、父の命の奥深くに楔を打ち込んでいたのだ。私の強力な結界も打ち砕かれた。
私の力がどれほど強くなろうと、千年の怨念には及ばなかった。
大学を休み、父に付きっきりで力のすべてを注いだが――父は亡くなった。
唯一の肉親を失った絶望。敗北感。泣き疲れて眠った私の肩に、優しい手が置かれた。
すでに亡くなっている、おばあちゃんの手だった。
「心配ないよ。お父さんは大丈夫、ちゃんと行くべきところに行っている。寿命だったんだよ。さあ、しっかりおし。その時が来たんだよ」
おばあちゃんは、怨霊の真の姿を私の脳裏に映し出した。
それは、九尾の狐。
千年以上前から神獣、あるいは妖怪としてこの世に居座る怪物。九本の尾を広げ、禍々しい木の根の檻に、無数の獣の霊魂を閉じ込めて鷲掴みにしている。
「あの化け物はね、私たち人間が作ったとも言えるのさ。この世界は、善、罪、悪の三つの行いでできている。生きるために他の命を食べるのは、罪。だが人間は、生きる以上に『美味しく食べたい』と欲望し、必要以上の殺生を喜びとする。それは『悪』だ。あの怨霊は、その人間に報いを受けさせるために存在しているのさ」
おばあちゃんは静かに目を瞑った。
それでも、私は行かなければならない。あの優しい無垢な男性を、そして囚われた子猫の魂を、化け物の牙から救い出すために。私は涙を拭い、決戦の地、あの稲荷神社へと意識を向けた。
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