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第二十七章:もう一つの虚無、繋がれた境界線

深夜。焚き火の薪が爆ぜる音と、静かな虫の音だけが響く高原のキャンプ。  歩花たちがそれぞれの考察を終え、毛布に包まって眠りについた後、中衛で静かに目を閉じていたキョムは、奇妙な「夢」を見ていた。

それは、自分たちがいた前世の東京に似ているが、どこか決定的に法則の違う、灰色の世界――アナザーワールド。

その世界の中心で、キョムは立っていた。  自分の足元には、全てを音もなく呑み込む、いつもの静かな漆黒の虚無ブラックホールが広がっている。  だが、その虚無の底は、暗闇の終わりではなかった。

キョムの虚無の底から、見えないエネルギーの奔流が、次元の壁をねじ曲げながら遥か彼方へと「繋がって」伸びている。まるで巨大な一本のパイプラインのように。

そして、そのエネルギーのパイプが接続されている「出口」に、彼がいた。

「……ビビろう」

キョムは、夢の中でその名を呟いた。  そこに立っていたのは、いつも鼻水を垂らして半ベソをかいている、あの情けない男ではなかった。

ボロボロの衣服を纏い、周囲に物理法則を無視した圧倒的な「斥力(反発エネルギー)」を放射し続ける男。  その顔にはヘラヘラとした薄笑いはなく、キョムと同じように、感情の一切を削ぎ落とした、絶対的な静寂の無表情。

キョムのブラックホールが世界の全てを「呑み込む入口」であるならば、そのアナザーワールドのビビろうは、呑み込まれたエネルギーを世界へと押し戻す「吐き出す出口ホワイトホール」。

二つの虚無は、次元を跨いで表裏一体。  キョムが静寂を呑み込み、ビビろうが絶望を吐き出す。見えないエネルギーが二人を循環し、世界の均衡を無理やり保っている。

だが、その無表情のビビろうの瞳の奥には、どこか幾分、悲しげな色が浮かんでいた。  吐き出し続け、拒絶し続け、誰も寄せ付けない、絶対的な孤独の悲しみ。

(……ああ。お前も、俺と同じだったのか)

キョムは夢の中で、静かにそう理解した。  前世のあのボロアパートで、自分は孤独の果てに全てを呑み込む道を選んだ。そしてビビろうは、孤独を恐れるあまりに、全てを拒絶して吐き出す道を選んだ。

二つの孤独が、見えない地下茎で繋がり、この異世界にまで引っ張り合って転生してきたのだ。

キョムは夢の中でつぶやいた「……孤独…な…観測者…」


パチ、と焚き火の爆ぜる音が大きく響き、キョムはゆっくりとまぶたを開けた。

視界に映るのは、異世界の高原の、白み始めた美しい夜明けの空。  隣を見れば、歩花が神獣ペガサス(おばあちゃん)のふさふさとした翼を毛布代わりにして、安らかな寝息を立てている。ニャメはキョムの膝の上で丸くなり、コンタは三本の尻尾を丸めて眠っている。

そして。

「ふぁ……あー、よく寝た。お腹空いたなぁ。歩花ちゃん、朝ごはんなぁに? またおにぎり? それとも豚汁の残り?」

すぐ横で、ミスリルの大楯を抱え込みながら、あくびをして涙目で目をこすっている、いつものヘラヘラとしたビビろうがいた。夢の中の、あの悲しげで無表情な男の面影は、微塵も感じられない。

「……ビビろう」

「ん? なにキョムさん、改まって。もしかして、また俺を先頭にしてダンジョン突っ込ませる気!? 嫌だからね! 俺は朝ごはんを平和に食べたいの!」

ビビろうが、ビクッとして大楯の影に隠れる。  キョムは、そんなビビろうの情けない姿を、しばらく無言で見つめていた。そして、無表情のまま、ぽつりと言った。

「……いや。何でもない。朝飯は、おにぎりだ」

「よっしゃ! 鮭! 鮭がいいな!」

嬉しそうに飛び跳ねるビビろう。  キョムは、静かに自分の右手を見つめた。  夢の中で見た、繋がれた虚無の真実。あいつがどんな存在であろうと、どんな過去を持っていようと、今のこのカオスで温かいパーティーの「盾」であることに変わりはない。

「……決定だ。日本に帰ったら、コンビニスイーツだけでなく、唐揚げ棒も奢ってやる」

「え!? 本当に!? キョムさん、今日やけに優しいじゃん! 明日は槍でも降るんじゃないの!?」

ビビろうの騒がしいツッコミが、高原の清々しい朝の空気に響き渡る。  歩花が目を覚まし、おばあちゃんペガサスが嘶き、ニャメとコンタが朝の小競り合いを始める。

前世の孤独な循環を断ち切り、今、この異世界で、彼らは「仲間」としての新しい循環を作り始めていた。  キョムは無表情のまま、影の底から香ばしい焼きおにぎりを取り出し、騒がしい虚無の男へと、静かに手渡すのであった。


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