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第二十六章:深夜の密談と、臆病の考察

永久氷土の迷宮を脱出したキョムの一行。彼らは氷の山の麓にある暖かな高原へとたどり着き、キャンプを張っていた。  歩花が作った具だくさんの味噌煮込み鍋をたらふく平らげたメンバーたち。温かい食事と心地よい疲労感に包まれる中、ミスリルの大楯を放り出したビビろうが、一番に泥のように爆睡してしまった。

「……おやすみ、みんな。俺は日本に帰って、コンビニスイーツを食べる夢を見るんだ……」

ヘラヘラとした寝言を言いながら、安らかな寝息を立てるビビろう。  その寝顔を、焚き火の明かりの中で見つめていた残りのメンバーの間に、奇妙な沈黙が流れた。

「……なぁ、キョムよ」

沈黙を破ったのは、三本の尻尾を静かに揺らすコンタであった。その子犬の顔には、真剣な、どこか腑に落ちない表情が浮かんでいる。

(あの男……ビビろうの事だが。貴様はどう思っておる?)

「……どう、とは?」  キョムが無表情のまま、ぽつりと呟いた。

(吾輩は、前世で九尾の狐として数百年の時を生きた。数多の英雄、勇者、そして妖怪の長たちを見てきた。……だが、あの男の「臆病」は、あまりにも異常だ。ただの人間が、盾を背負って逃げ回っただけで、魔王軍の将軍を二人も撲殺するなど、物理法則が崩壊しておる。彼の放つ結界は、恐怖心から来る防衛本能だというが……その出力が、吾輩の三尾の金炎や、ニャメの神速の爪撃を凌駕することなど、あり得るか?)

「ナァオ(あり得ない)」

キョムの膝の上で丸くなっていたニャメが、青い目をスッと細めて、静かに同意した。

(吾輩も、あの男の気配には、ずっと違和感を感じておる。確かに臆病で、弱々しい。だが……彼の魂の奥底、あの『ミスリルの大楯』と完全に同調している瞬間、そこには何もない。……いや、キョム、お前の『虚無』とは違う。……何か、圧倒的な『反発』そのものが、意志を持って存在しているような、不気味な気配だ)

ニャメの冷徹な指摘に、焚き火の周囲の空気が、ピリリと張り詰める。


それぞれの仮説と考察

『はっはっは! 吾輩も、馬の勘として、あのビビろう坊やには何かがあると思ってたよ!』

おばあちゃんペガサスが、大きな翼をパサリと羽ばたかせ、豪快に笑い飛ばしながらも、その瞳には神獣としての鋭い光が宿っていた。

『吾輩がペガサスとしてこの世界に再誕したとき、世界中の「聖なる魔素」の均衡を感じ取った。だが……ビビろう坊やの周囲だけは、聖なる力も、魔王の瘴気も、すべての魔素が「触れることを拒絶されている」ように、奇妙に歪んでいるんだよ。これはあくまで吾輩の勘(考察)だが……。ビビろう坊やの正体は、前世の人間などではなく、この世界の古代魔王が、自らの最高位の武具――【古代魔王の真鎧・兜】を、絶対に誰にも触れさせないために、意志を持たせた「概念そのもの」ではないのかねぇ?』

(何だと……? 魔王の武具そのものが、臆病な人間の姿をしておるというのか?)

『さぁてねぇ、馬の勘だからアテにはならないがね! でも、もしそうなら、彼が魔王の心臓を平然と焼肉にして食べたことも、隔離領域(領域展開)に一人だけ取り残されたことも、説明がつく。……彼は、魔王の力に反発するのではなく、魔王の力の一部だからこそ、その瘴気を無害化し、内側からボコボコにできたのさ!』

おばあちゃんの、あまりにも壮大で、だが一理ある考察。

「……私は、違うと思います」

その時。  焚き火に薪をくべていた歩花が、静かに、だが力強く否定した。

「私は、聖女として、ビビろうさんの魂の声を聴きました。……おばあちゃんの言うような、冷たい武具の概念なんかじゃありません。……彼は、本当に、怖がっているんです。死ぬことを、痛いことを、そして……孤独になることを、何よりも」

歩花が、胸の前で両手を組み、静かに自らの考察を口にした。

「私の仮説は……。ビビろうさんは、前世のあの孤独な檻の中で、何百年もの間、世界中のすべての『臆病』と『恐怖』を吸い込み、呑み込み続けた、もう一つの【虚無】のブラックホールなのではないでしょうか?」

(もう一つの、虚無……?)  キョムが、初めて無表情の仮面の下で、わずかに目を細めた。

「はい。キョムさんの虚無は、すべてを呑み込み、無きものにする静かな虚無。でも、ビビろうさんの虚無は、あまりにも臆病すぎて、自分以外のすべてを『弾き飛ばし、拒絶する』騒がしい虚無。……彼は、自分の恐怖心があまりにも大きすぎて、それが物理的な『反発力(結界)』として、この世界に具現化してしまっている……。だから、彼がキレた時のシールドバッシュは、世界中のすべての臆病と恐怖が凝縮された、物理法則を無視した圧倒的な反発そのものになるんです!」

歩花の、自身の体験と聖女としての直感に基づいた、もう一つの考察。

残りのメンバーは、歩花の言葉に、静かに沈黙した。  コンタの九尾の直感、ニャメの神獣の気配、おばあちゃんの馬の勘、そして歩花の聖女の浄化。それぞれの視点から導き出された、ビビろうの正体に対する考察。

「……どちらにせよ。あいつは、俺たちのパーティーのメインタンクだ」

キョムが、静かに、焚き火の炎を見つめながら言った。

「……決定だ。日本に帰ったら、コンビニスイーツを、あいつに奢ってやる」

キョムの静かな一言に、歩花が嬉しそうに微笑んだ。  コンタは「ふん」と鼻で笑い、ニャメはキョムの膝の上で心地よさそうに喉を鳴らす。おばあちゃんペガサスは、ふさふさとした白い尻尾をぶんぶんと振り、機嫌良さそうに嘶いた。

それぞれの考察を胸に秘め、深夜の密談は幕を閉じる。  残るは、五つ目の最後の武具。何もない男・キョム、聖なる少女・歩花、神獣の猫又・ニャメ、傲慢な三尾の狐・コンタ、ペガサスとなったおばあちゃん、そして、世界一臆病な騒がしい虚無・ビビろう。

あまりにも歪で、カオスで、そして、どこまでも静かで力強いキョムの一行。彼らの、世界の果てを目指す旅は、元の世界への帰還という希望を胸に、さらなる不条理と最強の領域へと、静かに、激しく進んでいくのであった。


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