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第二十五章:永久氷土の迷宮と、真実の鏡

おばあちゃんペガサスの聖なる風と、歩花の桜色の浄化の結界。極寒の猛吹雪の中でも、キョムたちの周囲だけは、ぽかぽかとした小春日和のような温かさに包まれていた。  一行はその温もりに守られながら、雪山の頂にひっそりと口を開ける「永久氷土の迷宮」へと足を踏み入れた。

迷宮の内部は、千年経っても溶けることのない、青白く透き通った氷の壁で構成されていた。  壁や床は磨き上げられた鏡のように周囲の景色を反射しており、一歩足を踏み入れただけで、自分たちの姿が無限に映し出される、幻想的で不気味な空間。

「……綺麗なところですね、キョムさん」

歩花が、おばあちゃんペガサスの背中から、美しく煌めく氷の壁を見つめた。

「ああ。……だが、映りすぎだ」

キョムが無表情のまま、ぽつりと言った。  迷宮の通路は入り組んでおり、どれが本物の道で、どれが氷の壁に映った虚像なのか、視覚だけでは判別が不可能。さらに悪いことに、この氷の壁は物理的な攻撃や魔法をそのまま「反射」する、極めて厄介な鏡のトラップであった。不用意に魔法を放てば、自分たちに跳ね返ってくる。

「うわああああっ! 無理! どっちを向いても俺の情けない顔が映ってる! 迷う! 閉じ込められて餓死するぅぅぅ!」

ビビろうが、氷の壁に映る無数の自分の顔(半ベソ)を見て、頭を抱えて絶叫した。  だが、彼の「過剰なまでの臆病の察知能力(危険予知)」が、この鏡の迷宮で、またしても真価を発揮することとなった。

「待って! そこ、正面は道に見えるけど壁! 氷の鏡になってる! 本物の通路は、その右の……一見すると行き止まりに見える、歪んだ反射をしてる方!」

ビビろうが、ガタガタと震えながら、落ちていた氷のつぶてを「道に見える正面」へと投げつけた。  カツン、という音と共に、礫は物理的に跳ね返ってきた。正面は、ただの氷の鏡壁であった。逆に、ビビろうが指し示した「行き止まりに見える右側」へキョムが無言で足を踏み入れると、すんなりと奥の通路へと通り抜けることができた。

(お、おお……! ビビろうよ、貴様のその情けない臆病さ、迷宮の隠し通路においては、最高に役に立つではないか! 吾輩の三尾の威厳にも劣らぬ、見事な羅針盤よ!)

「褒められても嬉しくないよ! 早くこんな寒いところ、抜け出したいんだよぉ!」

ビビろうは半ベソをかきながら、ミスリルの大楯を背負い、抜き足差し足で氷の迷宮の道先案内人を務めていく。


ビビろうの「臆病の羅針盤」のおかげで、一度も罠にかかることなく、一行は迷宮の最奥、巨大な氷のドームへとたどり着いた。

ドームの中央。氷で削り出された美しい台座の上に、四つ目の魔王の武具が静かに鎮座していた。  それは、漆黒の金属で鍛え上げられた、禍々しい【古代魔王の具足(足の防具)】。  これまでの魔剣、盾、籠手と同じく、具足の周囲の空間は、絶対零度の冷気と超濃度の瘴気によって白く凍りつき、バリバリと大気が軋む音を立てている。

「……四つ目だな」

キョムが、無表情のまま、台座へと歩みを進めようとした。

『――そこまでだ、異界の者ども。我が主の歩みを止めるわけにはいかぬ』

氷の台座の影から、絶対零度の冷気を纏った、美しくも冷徹な氷の騎士が姿を現した。  全身が透明な氷の鎧で覆われた、魔王軍の幹部――『氷の魔将軍・フロスト』。彼は、手にした氷の長槍を、キョムたちに向けて静かに突きつけた。

『これより先は、氷の絶対零度の世界。貴様らの熱も、虚無も、すべての思考ごと、美しく凍りつかせてくれよう!』

氷の魔将軍が槍を掲げた瞬間、ドーム全体の床から、巨大な氷の槍が剣山のように次々と競り上がってきた。

「うわああああっ! 串刺しになるぅぅぅ!」

ビビろうが、反射的にくるりと背を向けて逃げ出した。  だが、その背負ったミスリルの大楯と「臆病の結界」が、床から突き出してきた巨大な氷の槍を完璧に押し潰し、粉々に粉砕。物理的な串刺しの罠を、ビビろうの逃げ腰が、鉄壁の防壁として無効化していく。

「痛い! でも無事! どけぇ、安全な足場はこっちだぁぁぁ!」

ビビろうが無敵の甲羅(大楯)を背負ったまま爆走し、魔将軍の氷の槍を次々と粉砕していく。

(ハハハ! ビビろうよ、よくぞ道を示した! 氷の魔将軍とやら、火山の熱を吸って三尾へと進化した吾輩の、真なる金炎の味を教えてやるわ!)

三本の尻尾を扇のように広げたコンタが、前に躍り出た。  氷の将軍が放つ絶対零度の吹雪に対し、コンタは三尾の妖力を限界まで滾らせ、白熱の金炎を放つ。炎と氷が正面から衝突し、ドーム内が激しい水蒸気の爆風で揺れ動いた。

「ニャァウ!」

コンタが注意を引きつけている隙に、ニャメが白き閃光となって氷の壁を跳躍。物理攻撃を反射するはずの氷の鎧の、魔力の接続部へ、白き神獣の爪撃を正確無比に叩き込んだ。

『ぐ、ぅ……! 我が氷の鏡の鎧を、物理の爪ですり抜けるだと……!?』

魔将軍がたじろいだ瞬間、中衛に立つキョムが、静かに右腕を突き出した。

「……入れ」

キョムの虚無のブラックホールが、氷の将軍の足元に口を開ける。  氷の魔将軍が、己を構成する冷気の魔力ごと、音も立てずにキョムの虚無の底へと吸い込まれていく。どれだけ絶対零度の冷気であろうと、キョムの無限の虚無にとっては、ただの体積に過ぎない。

『ば、馬鹿な……! 我が冷気、迷宮の氷すべてを呑み込むというのか……! ぐ、ああああああっ!!』

断末魔と共に、氷の魔将軍の巨体が、キョムの影の底へと完全に消失した。

静寂が戻った玉座の間。キョムはそのまま台座へと歩み寄り、絶対零度の冷気を放つ【古代魔王の具足】を、無造作に右手で掴み取った。  魔王の意志を宿す具足が激しく抵抗するが、キョムの虚無は、その冷気すらも音もなく呑み込んで鎮火させる。そのまま、影のマジックバッグ(虚無)へと放り込んだ。

「……四つ目だ。残るは、一つか」

キョムがぽつりと言い、歩花を振り返る。  ペガサス(おばあちゃん)の背中で、歩花がほっと胸を撫でおろした。

「キョムさん、お疲れ様です! これで魔王の武具が四つ。……本当に、元の世界(日本)へ帰る道が、見えてきましたね」

歩花が笑うと、コンタは嬉しそうに三本の尻尾をぶんぶんと振り、ニャメはキョムの首へと飛び乗った。

四つ目の武具を回収したキョムの一行。だが、氷の魔将軍を呑み込んだ代償か、迷宮の最奥の氷の柱が激しく乱れ、足元の氷盤がゴゴゴと音を立てて崩れ始めた。

「ほらぁぁぁ! やっぱり崩れるじゃん! 早く逃げよう、今すぐダッシュだぁぁぁ!」

ビビろうの情けない悲鳴が、崩落を始める氷の神殿に響き渡る。  魔王を倒し、自分たちの世界へと帰還するという希望を胸に、不条理で最強の勇者パーティーは、崩れ落ちる氷の破片を背に、迷宮の出口へと向けて全力の脱出劇を開始するのであった。


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