第二十一章:狂戦士の濡れ衣と、平和な手料理
盾の魔将軍バステトを、涙と怒りのシールドバッシュで圧殺したビビろう。 黒鉄の絶対領域が完全に解除され、魔王軍の旗が焼け落ちた開拓村に、静かな風が吹き抜けた。
「うぅ……キョムさん、俺の尊い精神的健康が、また一つ削り取られたよ……。もう戦いたくない、お家に帰りたい……」
ミスリルの大楯の上に突っ伏し、魂が口から抜け出たように灰白化しているビビろう。そんな彼の頭に、歩花がそっと手を置き、淡い、桜色の癒やしの光を注ぎ込んだ。
「ビビろうさん、本当にお見事でした! 一騎打ちで魔将軍を倒しちゃうなんて、誰も真似できませんよ!」
歩花が満面の笑みで褒め称える。 だが、その純粋な称賛こそが、ビビろうの精神にさらなる追い打ちをかけることとなった。
指名手配:狂戦士ビビろう
村の解放から数時間後。 村人たちから涙ながらに感謝され、怪我人を歩花が治療している間、キョムは村の集会所に設置されていた、魔王軍の「通信水晶」を無表情で見つめていた。
水晶の向こう側から、魔王軍本部の高位魔導士と思われる声が、ひどく狼狽した様子で響き渡っている。
『緊急報告! 盾の魔将軍バステトが、隔離領域内で謎の【狂戦士】によって撲殺された! 領域内の観測記録によれば、敵は白銀の盾を狂ったように振り回し、泣き叫びながら、防壁ごと我が軍の将軍を粉砕したとのこと!』
「……撲殺か」
キョムが、淡々と呟いた。
『聞け、我が魔王軍の同胞よ! 勇者パーティーには、物理法則を無視する虚無の男、聖なる光を放つ聖女、二匹の白き神獣に加え――【極限の恐怖を殺意へと変換し、泣きながら暴虐の限りを尽くす、史上最悪の盾使い】が潜んでいる! 見つけ次第、最大警戒せよ! 懸賞金は、金貨三千枚だ!』
「ぶ、ぶっ殺されてたまるかぁぁぁ!!」
集会所の隅で包帯を巻いていたビビろうが、通信水晶からの絶叫を聞きつけ、飛び上がって叫んだ。
「なにそれ!? 狂戦士!? 泣きながら暴虐って、俺ただビビってキレてただけじゃん! なんでそんな、猟奇的な殺人鬼みたいな扱いになってるのさ! 懸賞金って何!? 怖すぎる! 狙われるじゃん!」
ビビろうは、ガタガタと歯の根を鳴らしながら、自分の名前が魔王軍のブラックリストの筆頭に躍り出たことに絶望した。
(クハハハ! ビビろうよ、誇るがよい! 吾輩の懸賞金をも上回る、魔王軍最重要危険人物の誕生だな!)
コンタが、二本の尻尾を揺らしながら、勝ち誇ったように子犬の鼻を鳴らす。
「ナァオ(情けない)」 ニャメも、呆れたように小さく喉を鳴らした。
聖女のおにぎり
「もう絶対、一歩も歩かない! 俺はここで、この村の開拓民として、一生畑を耕して静かに暮らすんだ! 盾なんて、もう二度と持たないからね!」
ビビろうは、集会所の床に寝転がり、手足をバタバタさせてストライキを起こした。 勇者パーティーの絶対的な防壁であるビビろうが動かなければ、これからの旅に支障が出る。キョムは無表情のまま、影のマジックバッグ(虚無)から何かを取り出そうとしたが、その前に歩花が、くすりと笑いながら前に進み出た。
「ビビろうさん。そんなこと言わずに、これ、食べて元気を出してください。……はい!」
歩花が差し出したのは、彼女の手のひらで、ふっくらと握られた、焼きおにぎりであった。 香ばしい醤油の匂いが、集会所いっぱいに広がる。前世の日本の、あの懐かしい、温かい家庭の匂い。
「え、おにぎり……? なんでそんなの持ってんの……?」
「キョムさんのマジックバッグ(虚無)って、中が時間が止まってるみたいなんです。だから、王都を出発する前に、私が大量に握って、キョムさんに預けておいたんですよ」
ビビろうは、怪訝そうにしながらも、おにぎりを一口齧った。
「……美味い。美味すぎる……! お米の甘みと、この醤油の焦げた匂い……! 実家の、お母さんのおにぎりの味がする……!」
ビビろうの目に、大粒の涙が浮かんだ。 前世の社畜時代、コンビニのおにぎりばかりを食べていた彼にとって、歩花が握った温かい焼きおにぎりは、乾き切った魂に染み渡る、至高の贅沢であった。
「美味しいなら良かったです! まだまだたくさん、キョムさんの影の中にありますからね。……だから、ビビろうさん。お腹がいっぱいになったら、また一緒に、旅を続けてくれませんか?」
歩花が、上目遣いで、桜色の優しい笑顔を浮かべる。 聖女としての、圧倒的な母性と包容力。
「……あ、あー。うん。まぁ、歩花ちゃんがそう言うなら。おにぎり、美味いし。……仕方ない、ついて行ってあげてもいいよ?」
ビビろうは、おにぎりの美味しさと歩花の笑顔に、あっさりと懐柔された。現金なものである。
新たなる試練:灼熱の火山
ビビろうのストライキを、歩花の手料理で完璧に懐柔した一行。 キョムは、村の長老から、次の古代魔王の武具が眠る場所の情報を聞き出していた。
「勇者様。この村からさらに南へと進んだ先に、天を突くような活火山『ドラゴンスパイン』がございます。その火口の奥底、煮え滾る溶岩の川の向こうに、古代魔王の三つ目の武具――【古代魔王の鎧】が封印されていると、古くから伝わっております」
魔王の「魔剣」、バステトから奪還した「魔王の盾」、そして次は「魔王の鎧」である。
「……南の火山、だな。行くぞ」
キョムが、静かに頷いた。 お腹がいっぱいになり、ミスリルの大楯を再び背負い直したビビろう(相変わらず逃げ腰だが)。 三尾への格上げを狙って、火山の炎を食う気満々のコンタ。 冷静に爪を研ぐニャメ。 そして、神獣ペガサス(おばあちゃん)の背中に揺られ、焼きおにぎりをもぐもぐと食べる歩花。
魔王軍から「最悪の狂戦士」として指名手配されたビビろうをパーティーの中心に据え、キョムの一行は、煮え滾る溶岩が待ち受ける灼熱の火山へと向けて、新たなる一歩を踏み出すのであった。




