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第十九章:黒騎士の凱歌と、魔将軍の顕現

古代の玉座の間に鎮座する、漆黒の重厚な【古代魔王の鎧】。  その鎧が放つ、世界を腐敗させるほどの超濃度の瘴気しょうきは、前回の地下の魔剣すらも遥かに凌駕していた。空間そのものが負のエネルギーによってミシミシと軋み、黒い稲妻が虚空を走っている。

「……拾うぞ」

キョムは、その圧倒的な重圧を真っ向から受け止めながら、無表情のまま、ブーツの音を響かせて歩いていった。彼の周囲には、大気中の魔素すらも音もなく呑み込む「絶対の虚無」が漂っており、その存在感は、鎧の瘴気すらも寄せ付けない。

キョムが玉座の前に立ち、その禍々しい鎧の胸部に、そっと右手を伸ばした。

その瞬間であった。

ガシャァァァン! と、重厚な金属音が、地下ドームに鳴り響いた。  キョムの手が鎧に触れる直前、玉座に鎮座していた漆黒の鎧が、突如として「意志」を持ったかのように、自ら動き出したのだ。

鎧の胸部に埋め込まれた黒い宝玉が、血のように赤い光を放ち、脈打つルーン文字が刀身へと広がっていく。漆黒のヘルメットの奥、スリットから、赤く燃え盛る双眸が浮かび上がり、キョムを冷徹に見据えた。

鎧が、台座からゆっくりと立ち上がる。  それは、ただのリビングアーマー(動く鎧)ではなかった。  この世界の果てに眠る古代の大魔王が、自らの最高位の腹心として、自らの魔力とごうを注ぎ込んで鍛え上げた、魔王軍の最高幹部――魔将軍『黒騎士グラシャ・ラボラス』であった。

『……フハハハ。何百年ぶりの目覚めか。我が主の武具を狙う、小癪な羽虫どもが』

黒騎士グラシャ・ラボラスが、重厚なヘルメットの奥から、地獄の底から響くような、不吉な笑声を上げた。  彼は、自らの虚空から、黒い瘴気を纏った巨大な漆黒の両刃斧ハルバードを召喚し、それを無造作に玉座の間へと叩きつけた。

ドゴォォォン!  凄まじい衝撃波が走り、鍾乳石が天井から砕け落ち、玉座の間の床がクモの巣状に陥没した。黒騎士の全身から解き放たれた超濃度の瘴気が、全方位へと急速に拡大し、キョムたちを押し潰そうと牙を剥く。

(お、おのれ……! リビングアーマーなどという生易しいモノではない! この世界の『魔王軍』の、最高位の将軍級ではないか! 前世の九尾の吾輩すら怯むほどの圧倒的な実力だぞ!)

コンタの二本の尻尾が、恐怖と戦慄で逆立った。ニャメも、神速の足を止め、全身の毛を逆立てて威嚇する。女性魔導士は、黒騎士の放つ圧倒的な威圧感にあてられ、バタリとその場に昏倒した。

『さあ、逝くがいい、異界のゴミ共よ! 我が斧のサビとなれ!』

黒騎士グラシャ・ラボラスが咆哮し、巨大なハルバードを振り上げ、キョムに向けて突進してきた。  その巨体に似合わぬ神速の突撃。ハルバードの一撃が、空間を切り裂きながら、キョムの脳天へと振り下ろされる。

キョムは、その凄まじい攻撃の最中にあっても、表情一つ変えずに、ただ静かに立っていた。  彼は、自らの右腕から、一切の光を呑み込む、漆黒の虚無の重力を黒騎士へと注ぎ込んだ。

「……消えろ」

キョムが、静かに呟いた。  彼の虚無のブラックホールが、黒騎士の巨大なハルバードに触れた瞬間――。  轟音も立てず、煙も立てず、ただの漆黒の重力球となって、キョムの虚無へと音もなく吸い込まれ、一瞬にして世界から抹消された。

『な、魔法も、我が斧も……消失した……!?』  黒騎士グラシャ・ラボラスが、重厚なヘルメットの奥から、信じられないものを見る目で呟いた。  攻撃魔法も、威圧も、殺気も、すべてを無差別に無効化し、消失させてしまう絶対の静寂の虚無。

その隙を、キョムの従魔たちと妖怪の軍勢が逃さなかった。

(クハハハ! ビビろうよ、情けない声を出すな! 吾輩の獲物を横取りするな!)

コンタが、二本の尻尾から金色の狐火を大爆発させながら、黒騎士へと躍り出た。  首から飛び降りたニャメもまた、白き巨獣・猫又へと膨れ上がり、光のような速度で空間を跳躍すると、その鋭い爪の一撃で、黒騎士の漆黒の鎧を切り裂いていく。

さらに影から這い出た一つ目の大入道が、丸太のような腕で黒騎士をなぎ払い、鎌イタチが突風となって陣形を切り裂き、巨大ムカデが天井から麻痺の毒霧を散布した。

魔王軍の最高幹部である黒騎士グラシャ・ラボラスが、東洋の妖怪たちの奇怪な戦法と、キョムの「無」の前に、一切の反撃もできずに蹂躙されていく。

『おのれ……! この世界の、何処にこのような化け物が……!』  黒騎士が、重厚なヘルメットの奥から、恐怖のあまり悲鳴を上げるようにして叫んだ。

キョムは、蹂躙される黒騎士の姿を、無表情のまま見つめていた。  何もない男が、異世界で歩花と再会を果たし、王都の闇を呑み込んだ。  この事件は、キョムという存在の「底知れぬ力」を、この世界の魔王軍に、決定的な事実として刻み込むことになる。

蹂躙され、肉体を失った黒騎士グラシャ・ラボラスの漆黒の鎧が、台座へと崩れ落ち、彼の赤い双眸が、最後の力を振り絞ってキョムを見つめた。

『……おのれ、異界の勇者よ。我が主の武具を奪い、我が主を滅ぼそうとするか。……フハハハ。面白い。我が主の真なる力が、この世界を呑み込むとき、貴様の虚無など、ただのそよ風に過ぎぬことを、骨の髄まで思い知るがいい!』

黒騎士の赤い双眸が、最後の高笑いと共に、霧のように消失した。  諸悪の根源であった「古代魔王の鎧」の瘴気が、キョムの虚無によって瞬時に吸い込まれたことで、予期せぬ奇跡が起きた。

遺跡を蝕んでいた黒騎士の瘴気が、キョムの虚無によって瞬時に吸い込まれたことで、予期せぬ奇跡が起きた。  これまで魔王の鎧から立ち上る瘴気によって、無意識のうちに精神を毒され、この遺跡で命を落とした古代の兵士たちの亡霊――物理的な肉体を持たない、精神生命体である『レイス(幽霊魔獣)』の群れが、霧が晴れたように、驚くほど澄み渡ったのだ。

『……私は、今まで何をしていたのだ。教会の専横を恐れるあまり、聖女様を権力闘争の道具として扱おうとしていたとは……!』  正気を取り戻した亡霊たちが、己の浅はかな支配欲に気づき、慙愧の念に耐えかねるように、その場に跪いた。魔王の心臓の毒から解放された王家は、真なる正気と誇りを取り戻したのだ。

蹂躙され、肉体を失った黒騎士グラシャ・ラボラスの漆黒の鎧が、台座へと崩れ落ち、彼の赤い双眸が、最後の力を振り絞ってキョムを見つめた。

キョムは、手に入れた古代の魔剣を、そのまま自分の影のマジックバッグ(虚無)へと無造作に放り込んだ。どれだけ禍々しい武器であろうと、彼の虚無のインベントリの中に放り込んでしまえば、外に悪影響を及ぼすことはない。


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