第十七章:無敵の甲羅と、暴走するアタッカー
王都の大街道を外れ、古代魔王の遺物が眠るという未踏の荒野へと足を踏み入れたキョムの一行。 彼らが組んだ不揃いな陣形は、傍目にはおよそ勇者パーティーとは思えないほどに奇妙なものであった。
最前列の中央には、白銀に輝く巨大な国宝【ミスリルの大盾】を、重そうに、かつ不本意そうに背負い込んだビビろうがいた。 普通、盾というものは体の前面に構えて敵の攻撃を真っ向から受け止めるものである。だが、世界一の臆病者であるビビろうにとって、盾とは「敵に背を向けて逃げ出す際に、背後からの攻撃を完全にシャットアウトするための防壁」に他ならなかった。
「あー、もう! なんで俺がこんな最前列に立たなきゃいけないのさ! 怖い! 嫌だ! どっから魔物が出てくるか分かんないじゃん! キョムさん、代わってよ!」
ビビろうは半ベソをかきながら、首をキョロキョロと左右に巡らせ、いつでも回れ右をして逃げ出せる姿勢を保っていた。
そんなビビろうの左右には、好戦的な二匹の神獣が、お互いに火花を散らしながら展開していた。
(クハハハ! ビビろうよ、情けない声を出すな! 敵が現れれば、この吾輩、二尾のコンタが、その圧倒的な狐火で一瞬にして炭塵にしてくれるわ! 手柄はすべて吾輩のモノよ!)
コンタは、二本の尻尾から金色の狐火をボウボウと滾らせ、今か今かと獲物を待ち構えていた。魔素を吸い、魔獣を焼くことで、自らの格を三尾へと引き上げる気満々である。
対する左翼のニャメ(猫又)は、そんな子狐の咆哮を鼻で笑うように、白き神獣としての冷徹な双眸を細めていた。
「ナァオ」
(口だけの狐め。索敵の精度も、攻撃の速度も、吾輩の足元にも及ばぬ。お前はただ、キョムの足元で火遊びでもしていればよい。獲物の首は、すべて吾輩が狩り取る)
ニャメは、光のような速度で周囲の岩陰や草むらを跳躍し、隠れている魔獣の気配を完全にシャットアウトする。アタッカーでありながら、神速の斥候としての役割を完璧にこなしていた。
その三人の背後、中衛には、キョムが立っていた。 彼は無表情のまま、一切の感情を表に出さず、ただ静かにブーツの音を響かせて歩いていた。彼の周囲には、大気中の魔素すらも音もなく呑み込む「絶対の虚無」が漂っており、その存在感は、前衛の誰よりも不気味で、底知れぬ威圧感を放っている。
そして、最後尾。 大空を悠々と舞う神獣ペガサス(おばあちゃん)の温かい背中に跨り、桜色の浄化の光をふわりと周囲に展開する聖女・歩花。
『ほらほら、歩花。上からの景色は最高だねぇ! 吾輩の背中に乗っているだけで、視界が晴れ渡るようだよ!』
おばあちゃんは、機嫌良さそうにふさふさとした白い尻尾をぶんぶんと振り、翼をパサリと羽ばたかせた。
「うん、おばあちゃん! 遠くの山の頂に、なんだか黒い、禍々しい雲が渦巻いているのが見えるわ……!」
歩花が、高高度からの索敵で、次の古代魔王の武具が眠るであろう「呪われた遺跡」の正確な位置を指し示した。
その時であった。 歩花が遺跡を指し示した瞬間、荒野の岩陰から、魔王軍の斥候と思われる飛行型の魔獣『ガーゴイル』の群れが、キョムたちに向けて急降下してきた。
「ギギギィーッ!」
鋭い鉤爪と、石像のような肉体を持つ数十体のガーゴイルが、不意を突いてキョムたちの頭上から襲いかかる。
「う、うわあああああっ! 出たぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」
最前列のビビろうが、ガーゴイルの赤い眼を見た瞬間、情けない絶叫を上げて、一目散にキョムの方へと背を向けて逃げ出した。 だが、その結果が、勇者パーティーの戦術として「完璧」に機能した。
ビビろうが背を向けて逃げ出したことで、彼の背中に担がれていた巨大な【ミスリルの大楯】が、急降下してきたガーゴイルたちの攻撃の前に、鉄壁の防壁として立ちはだかったのだ。 さらに、ビビろうの持つ「あらゆる悪意や瘴気を過敏に察知し、極限まで魂を尖らせる臆病の結界」が、ミスリルの大楯に上乗せされた。
ガキィィィン! バキバキィ!
ガーゴイルたちの鋭い鉤爪や、石化の魔眼の光線が、ビビろうの背負う大楯に激突した。しかし、国宝の金属と、世界一の臆病の結界に阻まれ、すべての物理・魔法攻撃が、音を立てて火花を散らしながら、一ミリの傷もつけられずに弾き飛ばされた。
「痛ってぇ! でも、無傷!? よ、よし! このまま逃げるぞ!」
ビビろうは、背中にかかる衝撃に涙を流しながらも、無敵の甲羅(大盾)を背負ったまま、キョムの影へと一目散に駆け込んだ。
(おのれ、ビビろうめ、情けない! どけぇ! 吾輩の獲物を横取りするな!)
逃げてくるビビろうの横をすり抜け、二尾のコンタが金色の狐火を大爆発させながら、ガーゴイルの群れへと躍り出た。
(吾輩の、真なる炎を喰らうがいい! 金炎焦熱破ぁっ!)
ドゴォォォン! コンタが放った、二本の尻尾からの金色の狐火が、大気を焼き焦がしながらガーゴイルの群れを包み込んだ。石像の魔獣たちが、熱を帯びた溶岩のように、ドロドロと溶け落ちていく。
だが、その炎の合間を縫って、白い閃光が走った。ニャメが、光のような速度で、生き残ったガーゴイルたちの首を、白き神獣の爪で一瞬にして切り裂いていく。
「ニャァウ!」
(この程度の雑兵、吾輩の神速の爪の前では、ただの粘土細工に過ぎぬ)
コンタとニャメの左右からの熾烈なアタッカー攻撃。 お互いに手柄を競い合うようにして、ガーゴイルの群れを「オーバーキル(過剰蹂躙)」し、あっという間に荒野の地面へと叩き落としていく。
キョムは、その凄まじい戦闘の最中にあっても、表情一つ変えずに、ただ静かに立っていた。 彼は、足元に転がり落ちたガーゴイルたちの肉体や、彼らが抱えていた魔石を、無言のまま、自分の影の底へと次々に放り込んでいった。
「……拾うのも、一苦労だな」
キョムが小さく呟き、すべてのドロップアイテムを虚無の底へと収納し終える。
背中を向けて無敵の甲羅(大盾)で敵の攻撃を完璧にシャットアウトしたビビろう。 我先にと過剰な火力を叩き込み、魔獣を粉砕したコンタとニャメ。 そして、それらを無表情で淡々と回収するキョム。
歩花は、ペガサス(おばあちゃん)の背中から、そんな頼もしい(?)仲間たちの姿を、どこか呆れたように、だが温かい瞳で見つめていた。
「キョムさん! みんな、お疲れ様です! おばあちゃん、あの山の遺跡へ向けて、急ぎましょう!」
『おうよ! しっかり掴まっておいでよ、歩花! さあ、行くよ、一っ走りさぁっ!』
ペガサスが豪快に嘶き、白銀の翼を大きく羽ばたかせた。 カオスで、不条理で、だが世界最強のチームワークを誇るキョムの一行。彼らの勇者としての旅路は、笑いと、呆れと、確かな虚無の静寂に包まれながら、次の古代魔王の試練へと向けて、力強く進んでいくのであった。




