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第十五章:勇者の任命と、王都の夜明け

古代の魔剣を、自らの虚無の底へと無造作に沈めたキョム。  部屋を埋め尽くしていた超濃度の邪悪な瘴気は一瞬にして掻き消え、静寂だけが残された。台座の前で静かに佇むキョムの背中を、歩花、ニャメ、コンタ、そして焼き肉の余韻に浸るビビろうが、それぞれの視線で見つめていた。

「……終わったんですね、キョムさん」

歩花が、桜色の光をふわりと収めながら、キョムの隣へと歩み寄る。その表情には、長年彼女を苛んでいた重圧から解放された、晴れやかな安堵の色が浮かんでいた。

「ああ。……重かった」

キョムは、静かに自分の右手を見つめた。  魔剣の放っていた瘴気は、前世の九尾の狐のそれを遥かに凌駕していた。もしキョムの虚無がなければ、この王都の地下から溢れ出た瘴気だけで、国一つが容易く腐り落ちていたであろう。この世界の『魔王』の、底知れぬ実力の一端を、彼らは骨の髄まで見せつけられたのだ。


大聖堂の地下深くから、キョムたちが地上へと戻ってきたとき。  そこには、かつてない光景が広がっていた。

大聖堂の前の広場には、武装した王国の騎士団、そして正気を取り戻した国王と第一王子が、一列に整列して待ち構えていた。魔王の心臓の毒が消え失せたことで、彼らの瞳には、かつての曇りなき誇りと、王族としての真なる威厳が戻っている。

キョムが、正面の大扉から姿を現したその瞬間。  国王を筆頭に、何百人もの騎士たちが、一斉にガシャリと音を立てて片膝を突き、頭を垂れた。

「……我が国の真なる救世主よ。感謝の言葉も見つからぬ」

国王が、震える声で告げた。 「我が王家は、教会の甘言に乗り、魔王の瘴気に毒され、聖女様を政治の道具として扱うという、取り返しのつかない大罪を犯した。……それを、貴殿の圧倒的な虚無が、そして聖女様の光が、この国を救ってくれたのだ」

国王の真摯な謝罪に、歩花は驚きながらも、そっと微笑んで首を振った。

「国王様。私は、キョムさんが助けてくれたから、ここにいます。感謝なら、キョムさんに……」

国王は、重々しく頷き、立ち上がると、キョムの目を真っ直ぐに見据えた。

「キョム殿。教会の枢機卿たちは全員、その職を解き、地下の牢へと幽閉した。これより、教会は王家の管理下に置き、不正な権力闘争は一切禁ずる。……そして、キョム殿。貴殿に、この世界の命運を託す、国家最上級の『特別依頼』を打診したい」

国王の言葉に、周囲の騎士たちが固唾を呑んで見守る。

「貴殿が引き抜いた、あの魔王の魔剣。それは、世界の最果てに眠る『古代の大魔王』が、この大陸を侵略するために遺した、楔の一つに過ぎぬ。魔剣一本であの瘴気だ。本体が目覚めれば、この世界は一瞬で滅びる。……そこでキョム殿。どうか、我が国の、いや、この世界の【勇者】として、魔王討伐の旅に出てはくれまいか」

勇者、任命。  何もない男が、異世界へと転生し、ただ歩花を救うために動いた結果が、世界を救う『勇者』としての使命へと繋がった。

キョムは、しばらくの間、無言で国王を見つめていた。  前世の会社員時代であれば、そんな大層な責任を押し付けられれば、即座に逃げ出していたであろう。だが、今のキョムの隣には、歩花がいる。そして、首にはニャメ、足元には二尾になったコンタ、そして背後には、ヘラヘラと笑いながら、まだマジックバッグから何か美味いものが出ないか探っているビビろうがいる。

「……引き受けよう。魔王の他の武具、そして本体の居場所を、調査する」

キョムの静かな承諾の言葉。  その瞬間、大聖堂の広場に、割れんばかりの歓声が巻き起こった。騎士たちが剣を掲げ、新たな勇者の誕生を祝う。

「クハハハ! 聞いたか、白猫め! 吾輩たちの主が、この世界の勇者に任命されたぞ! これで吾輩の覇道も、世界規模へと拡大するわ!」

(ふん、何がコンタよ。どうせ、キョムの虚無にぶら下がっているだけの狐のくせに)

二尾の狐と化け猫が、キョムの足元と首元で、相変わらずの静かな小競り合いを繰り広げている。

キョムは、上空を旋回し、自らの羽を美しく羽ばたかせる神獣ペガサス(おばあちゃん)を見上げた。おばあちゃんもまた、嬉しそうにいななき、孫と、その隣に立つ男の姿を、温かい瞳で見守っている。

「キョムさん。……私も、一緒に行きます。もう、二度と、離れませんから」

歩花が、キョムの腕をそっと、だが力強く握りしめた。  キョムは、その温かい手を握り返し、小さく頷いた。

「ああ。一緒に行こう、歩花」

何もない男・キョム、聖なる少女・歩花、神獣の猫又・ニャメ、傲慢な二尾の狐・コンタ、ペガサスとなったおばあちゃん、そして、魔王の肉を美味しく食べる臆病な男・ビビろう。

あまりにも不条理で、あまりにもカオスで、そして、どこまでも静かで力強いキョムの一行。彼らの、世界の果てを目指す『真なる魔王討伐の旅』が、王都の清らかな夜明けと共に、静かに幕を開けたのであった。


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