眼鏡が復活した日
「昔ってさ。眼鏡というものがあったらしいね」
常に何か面白い事を探しているチサコ、彼女が唐突に話題を振ってくるのはいつもの事であった。しかし彼女の持ってくる話題はナツメには分かった試しがない。考える事を早々に諦め、すぐにナツメはチサコに答えを求める。
「メガネ? 何それ?」
悩む素振りも見せないナツメは面白味のかけらもないが、チサコは気にした様子も見せず、淡々と眼鏡が何であるを説明する。
「何か眼がよく見えない人が装着するもので、それをつけると眼が見えるようになるんだとか」
「んー、私達が生まれる前に流行ってたVRのゴーグルみたいなやつ?」
「遠からずとも近からずって感じかな? 見た目こんなやつなのよ」
チサコがタブレットを操作すると眼鏡のホログラムが浮き上がり、ナツメの前までスライドさせる。
「んー、どれどれ。あ、思ったよりすっきりしてるのね」
ナツメは答える事を完全に放棄しているが、興味自体は持ってくれる。話したがりのチサコとしては、情熱こそないがちゃんと話を聞いてくれるナツメはありがたかったし、基本面倒くさがりのナツメとしても、何もしなくても自分が知り得ない情報が勝手にチサコからやってくるわけで、そこそこに楽しい生活を送れている。
お互いに求めすぎない性格であり、これが性格の異なる二人がうまくやれている理由であった。
「で、このメガネって眼が見えるようにするって事だけど、何でそんな面倒くさい事するわけ? 良い眼を作ってもらって取り替えれば良いだけじゃん?」
ナツメは釈然としない表情を浮かべるが、それはナツメ達のいる時代の感覚で考えているからであった。時代が違えば常識も違う。
「それがそうもいかないのよ。これってクローンパーツ技術が出来る前の時代のものだし」
「昔って言ってたけどもはや骨董品じゃん! 良く探してきたわねそんなの」
「レトロゲー好きは伊達じゃない!」
「あー、つまりはあんたのレトロゲーの中にこのメガネ? を装着したキャラがいたのね? そして調べてみたと」
「流石だよワトソン君!」
「いつも思うけどそのワトソン君ってなんなのよ。どうせそれも古ーいネタなんでしょうけど」
相変わらずのチサコの古いもの大好きっぷりに苦笑するナツメであったが、楽しそうなチサコを見てると許せてしまう。 案外レトロゲーも楽しかったりするし。
「しかし昔の人は大変だったのねぇ」
「そ、目が悪くなったからと言って、気軽に取り換えられるような時代じゃないのよ。この頃は人生80年って言われていたくらいなんだから」
「今の半分以下か。大変な時代だったんだろうなぁ。この時代に生まれていたら私生きてなさそう」
ナツメの発言の後、何とも言えない沈黙があった。チサコとナツメは中学校からの友達であり、お互いの幼少期は知らなかった。
ジョークにしては重すぎるし、チサコはどうしたものかと考える。 しかしながらナツメが自分から口にしたというのは、聞いても良い事なのではなかろうか。そう思い至ったチサコは思い切ってナツメに問いかけた。
「……過去に何かあった感じ?」
ナツメからの返事はすぐにはなかった。本人もチサコからの質問で、やっと何を口にしたのか理解したらしく、気まずそうな表情を浮かべる。
しかし一度発してしまった言葉はなかった事はできない。ナツメは観念して己の過去を告げた。
「うん、子供の頃ちょっと重い病気にかかってね。だから駄目になっていた患部ごと取り換えたの」
つまりそれはクローンパーツ技術がなかったら助からなかった事を意味する。
「重い話してゴメン」
「ぜーんぜん、単に良い話じゃない。私達が今の時代であった事に感謝ね」
「ねえ、それって私が生きてて嬉しいって意味で合ってる?」
「そんな事は……ある!」
「うわ、抱きしめてぇ」
ナツメはチサコの男前っぷりにくらっときた。
「それは結構だから何か奢って頂戴」
だが間髪入れずに放たれた醜い欲望で幻滅した。
「さいてーだこいつ」
そうして二人は笑い合った。
気を取り直してナツメは再度眼鏡のホログラムを見る。
「しかしこのメガネってさ? 今だと不必要なものだと思うのだけど」
「だけど?」
「なんか可愛くない?」
「……分かる。というかそれが聞きたくて話を振った」
「……ふむ」
ふと思いついたナツメは回転し続けるメガネのホログラムを止めて、自分の顔を近づける。そしてチサコに問いかけた。
「どうよ? メガネナツメさんは?」
「……これはなかなか、というかすっごく良い!」
目をキラキラさせるチサコにナツメは満足気な笑みを浮かべる。
「ほれ、あんたもやってみな」
ナツメはチサコにホログラムをスライドしかえす。チサコはそれを見事顔で受けてみせた。
「ダイレクトキャッチ! メガネンジャーチサコ爆誕!」
「ほー、確かにこりゃいいね。どういうわけか頭良さそうに見えるわ。言動はバカっぽいけど」
「素直に知的美人と言えんのかー」
「メガネンジャーのどこに知的要素がある?」
「それはそう! でもやっぱり良いねぇメガネ。私の目に狂いはなかった!」
嬉しそうにするチサコを見て、ナツメは考える。
「チサコさんや。メガネ……作ってみる?」
「え?」
「これ、ネタ抜きにファッションとして良くね? 眼が見えるようになるって本来の役目はなくなったけど、オシャレとしてはありよね」
「それは面白そう。つまり私達で新しい流行を作ろうって感じ?」
「こんな良いものなのにまだ誰の手もついてないなんて奇跡よ。私達がやるしかないじゃない!」
「おお、珍しくナツメが燃えている! ちょっと予想外の方に進んだけどこれはこれでありかな? いっちょやったります? 目指せファッションリーダー!」
思い立ったが吉日と言わんばかりに、ナツメは己のタブレットを取り出す。今のご時世、重みのあるリアル眼鏡はナンセンスだ。というかそんな技術はナツメにはない。ナツメにあるのは3Dモデリング技術である。
眼鏡の形自体は単純のため、さらっと作り上げると、今どきの女子必須アイテム、ホログラ厶ファッションアプリにデータをナツメの分、チサコの分とそれぞれ突っ込む。
その後アプリを起動すると、二人の顔に眼鏡が浮かび上がった。今のご時世、実物はいらないのだ。
腕輪だってネックレスだって全部ホログラム、それこそファンタジーのような角をつけようが羽をつけようが自由。流石に服だけは着るが。
普通のホログラムと違うのはファッションホログラムは持ち主の体と連動して、ホログラムも動いてくれるという事。だからこうしてチサコとナツメが動き回っても、眼鏡は常に彼女たちの眼の位置にある。
チサコとナツメは姿見の前まで行くと、自分たちの姿を確認する。先ほどはあくまで相方の感想で自分自身を見るのはこれが初めてだった。
「ほう、これはこれは想像通り、というか想像以上」
「ふふ、良いじゃない」
自然と笑みが溢れた。
「姿は問題なし! じゃまずは第一歩として今度学校にこれつけて行って周囲の反応見てみますかー」
「どうなるか楽しみね」
二人は知らない。眼鏡は確かに眼のための物であるが、元からファッションの一部でもあり、またファッションのみのために使う伊達眼鏡などもあったという事を。
後日、学校で好評だったことからチサコとナツメがホログラフファッションで、試しに自分たちの作った眼鏡データを販売したところ、ノスタルジーと新鮮さ両方を味わえると大ヒットしたという。
失われし眼鏡の復活はもうすぐ。
昔書いた短編を加筆して投稿してみました。ジャンルは近未来なのでSFと悩んだのですが、女子高生のほのぼの友情ものだし、なんだかんだでヒューマンドラマかなと。
読んでいただきありがとうございました!




