第七話
リヴィとセルジエは、神殿へ戻ろうと山道に向かう。
そこには一つの人影があった。
赤いコートに黒いざんばら髪、デルリオだ。
「なるほど、巫女ね」
デルリオはリヴィを見て、ニヤリと笑った。
「そんなに気に入り合っているなら、お前らとっとと結婚しちまえよ」
「は!?」
デルリオの言葉に、リヴィは畏敬の念も忘れて驚いた。
「結婚!? 何でそんな話になるんですか!」
「巫女って言うのは元々そういうモンだろ。雄神に嫁ぐ存在」
そういえばそんなことを、教会で言われたような気が、しなくもなかった。
巫女は古くは神に嫁ぐ嫁のことだったと。しかし神々との距離が開いてしまった今は、祈りを捧げ神殿の世話をするのが主な役目に変わっていった、と。
しかしリヴィはブンブンと首を振った。
「そんなの、とんでもないです!」
大慌てで否定するリヴィに、デルリオはクックッと笑った。
「お前、フラれてんじゃん」
「馬鹿を言っていないで、私たちは神殿に戻るけれど、お前はついてこられるのかい?」
セルジエは平然と、面倒くさそうに言い返した。
神殿に戻れば元の日常に戻った。
衛士には『支度をして待っていろ』と言われたが、支度するほどの物もない。
リヴィはプラムを切って、ザルに並べていた。
日当たりと風通しの良い場所に置いておけば、ドライプラムになる。冬まで保つ保存食になるのだ。
作業しながら、先日の事を考える。
「ハァ~……」
その口からは、ため息しか出なかった。
侯爵の私兵たる人達に、なんて態度を取ってしまったのだろう。
睨み付けて、高説をたれるなんて。
人に説教なんて、今までの人生で一度もしたことが無かった。
いつも小さく縮こまり、家事に精を出す、それか自分・リヴィという人間へのイメージだ。
それを、なんだってあんな大見得を切ってしまったのだろうか。――切れてしまったのだろうか。
ただ、セルジエの存在を軽んじる、ともすれば“いない”と扱おうとするのに、カッとなって。
セルジエはリヴィを生きながらえさせてくれた存在だ。神の奇跡だけでなく、神殿で暮らさせてくれて、台所も好きに使わせてくれる。日々、村の人々が食べ物を分けてくれるのも、セルジエの采配だ。
そんな彼を、軽んじるように言われては、堪らなかった。
しかし、その相手がマズかったように思えてならない。
相手は侯爵のお抱えの衛士だ。当然、侯爵へも自分の報告は行くだろう。
彼らに楯突くことは、侯爵に楯突くことにも繋がる。
侯爵だなんて、偉すぎて、中流階級だったリヴィからしても雲上人だ。どんな存在か、想像もつかない。
それが、自分たちの証言を聞くため、わざわざ尋問会を開く、と。
おそらくは侯爵に面会することもあるのだろう。
「ハァ~……」
リヴィはまた、深いため息をこぼした。
ザルを持って、裏口から外に出る。
角を曲がれば、丁度日当たりの良い辺りになる。
曲がろうとして、そこで、その向こうに人の気配を感じた。
リヴィは一度立ち止まり、ソッと向こうを伺う。
そこに居たのはデルリオだった。コートを脱いだ格好で、石の重しを担いで、屈伸運動をしている。
真顔で何度も同じ動作を繰り返す様子は、いたく真剣に見えた。
「――何見てやがる」
乱入しあぐねていると、向こうから声が掛かった。
リヴィは慌てて角から出て、神への礼を取る。
「失礼いたしました。鍛錬中とは知らず、お邪魔を」
「堅苦しいのは良い。用事があったんじゃねぇのか」
リヴィの持ってきたザルを見て、デルリオは言う。
リヴィもザルを持ち、デルリオに見せた。
「はい、果物を干そうと思いまして……ここに置かせていただいても、良いでしょうか」
「ここはお前とセルジエの神殿だろうが。俺に伺ってどうする」
「で、では、ここに、失礼します……」
リヴィは建物に立てかけるようにしてザルを置いた。
デルリオは志気が削がれたのか、重しの石を置いて、その上に座った。
人が座れるほどの石なのだ。それを担いで、屈伸運動していたのだ。
「……大変な鍛錬をされるのですね」
リヴィは思わず口に出していた。
デルリオは手で汗を拭いながら、ゲンナリした顔で言う。
「この肉体に問題があるからな。貧弱だし、薬漬けでマトモに動かん。薬を抜いて作り替えねぇと」
「薬漬け!?」
その言葉の意味は、薬学と縁遠かったリヴィでも分かる。
依存性のある薬で、薬が無いと生きられなくなり、最後には廃人にしてしまう、そんな薬があると。
「どうして薬漬けなんて……」
「知るかよ。手ぇだして戻れなくなったんだろ。泡吹いて三日も意識飛ばしてるところを拾ったからな、この肉体は」
その言い様に、リヴィは疑問符を浮かべる。
「この肉体……?」
「……お前、俺らが受肉する仕組みをしらねぇのか」
(仕組みなんて、考えたことも無かった)
セルジエもデルリオも、竜神なんて言う偉大な存在だから、下等な人間への擬態くらい造作も無いのかと、漠然と思っていた。
目を瞬かせるリヴィに、デルリオは一つ嘆息する。
「俺たちの本体は龍の姿だ。あれは幻想生物……半霊体って昔は言ったが、半分物質・半分霊体で構成されてる。あの姿じゃ、物質で出来ている今の社会に干渉するのに都合が悪い。そこで、依り代を使う。意識の無い肉体に龍の意識を一部移して、肉体を使えるようにする。そうして活動しやすい肉体を得ることを“受肉”っつーんだ」
「じゃあデルリオ様の今のお姿も、元は別の人の……?」
「この肉体はこの前、人間がスラムと呼ぶ場所で拾った。常用性の強い薬を使ってぶっ倒れてやがったから、肉体は今も薬を求めてやがる。それを抜くのに、水飲んで運動して、身体を作り替えてるってわけだ」
デルリオは何度も手を握ったり開いたりした。
最初に訪れて倒れていたときより、明らかに腕が太くなっているのが解る。彼はセルジエと違い、リヴィが用意する夕飯も毎食平らげていた。
「では、今までは受肉されていなかったのですか?」
リヴィはさらに質問をぶつけた。
デルリオは事もなげに答える。
「してなかった。人間に関わる必要も感じなかったしな。けど、ここに来るのに、本来の姿じゃ障りがあるからな。仕方なく手近な肉体を拾ったんだ」
「……セルジエ様は……」
蚊の鳴くような声でリヴィは言った。
話を聞いて最も気になるのは、セルジエの事だ。
あの人間の姿を“水竜神セルジエ”の姿と信じて疑っていなかったが、この話では、元になった人間がいるはず、ということになる。
デルリオは嘆息した。
「そいつぁ本人に聞け。俺が知る限り、当面ずっとあの姿だ。一体何時からあの肉体を使ってるんだか。元が誰か・なんであの肉体を使ってるかなんて、俺ぁしらねー」
言いながら、止めどなく流れる汗をデルリオは払った。
リヴィは慌てて、
「あ、タオルをお持ちします!」
と神殿内に戻った。
戻りながら、セルジエのことを考えた。
(あのお姿も、元になった人間がいる……)
村での騒動から数日後、侯爵の使者が村へとやってきた。
知らせはベルタが持ってきてくれた。わざわざ山道を登って。
「お迎えの馬車が来ているよ。私らも荷物を用意しておいたから、持ってお行き」
そう言ってベルタは、下山したリヴィに、荷物袋を持たせてくれた。
中身は数日分の肌着や保存食だ。
また村の人々がお金を出し合って用意してくれたのだとわかり、リヴィは涙がにじみそうになった。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「いいんだよ。私らの分まで、神官様のことをお願いするよ」
どうやらベルタたちは、神殿に神官が居たことにも、『知りもしないで不敬だった』と後悔したようだった。側で神官の手伝いをしている――ということになっている――リヴィに、本来自分たちがすべきだった世話を頼みたいのだ。
リヴィは深く頭を下げて、村人からの気持ちを受け取った。
神殿からの使者は、先日の衛士の長だった。兵士服は替わらないが、ヘルメットを脱いでいるので、その容貌がよく見えた。
精悍な壮年の男性だ。40歳くらいだろうか。所作が洗練されていて、顔つきにも威厳がある。彼自身も貴族の出身なのかもしれない。
衛士長はエルベルト・ハイメスと名乗った。
「尋問会は近く開かれる。それまで、巫女殿と神官殿には、領都に滞在していただきたい」
「承知いたしました」
リヴィは恭しくカーテシーする。
そんなリヴィを、セルジエは興味深そうに見ていた。神に向ける祭礼以外の礼をするのを、初めて見た。
ハイメスが二人を促す。
「改めて、巫女殿、神官殿、お名前を伺ってもよいですかな?」
「巫女、リヴィ・アーンと申します」
「神官と呼んで欲しいけれど……必要なら、ノエと呼んでください」
(その名前はどこから来たんだろう……まさか、借りてる肉体の人の名前とか?)
リヴィは百万言が渦巻いてしまうが、なんとか飲み込む。
二人に続いて、ハイメスはその後ろに目をやった。
さも当然の顔をして、デルリオが居る。馬車に乗る気のようだ。
「……失礼ですが、どなたでしょう?」
リヴィが慌てて説明した。
「火竜神デルリオ様のゆかりの方で……! 先日の騒ぎから、様子を見に来ていらして」
デルリオはリヴィの前にズイッと進み出た。
「火竜神を祀る一族の末裔だ。この神官とは古い付き合いでな。コイツが尋問にかけられるというなら、見学させてもらうぜ」
ハイメスは苦い顔をした。
「部外者の方を入れることは……」
「部外者たぁ言いやがる。これは竜神信仰全体に関わる尋問会になるんじゃねぇのか? 俺が興味を持つのは当たり前だろう」
デルリオはハイメス相手にどこまでも不遜だ。
(デルリオ様、人間のフリが下手すぎる……!)
リヴィはハラハラとして様子を見守った。
デルリオの言動は、平民が侯爵への使いに向けるべき物では無い。しかし、なまじ威圧感があるだけに、セルジエ――人間を演じている場合の――より偉く見える。
そんな平民が居てはおかしいのだが。
人間のフリモードのセルジエ――ノエが、助け船を出した。
「どうか連れて行ってください。彼の性格上、何が何でも尋問会を見に来ます。余計な騒ぎを起こす前に、私の連れとして扱っていただければ助かります」
「騒ぎとは」
「彼も私と同程度に、火竜神デルリオの加護を受けています、とだけ」
意味深にノエは言う。
ハイメスは唸った。
「……巫女殿も同じお考えですか?」
「は、はい……! お連れいただければと思います!」
(竜神様の意向を無下にするなんて、恐ろしいから……! どうか頷いてください!)
リヴィは祈るような気持ちで頭を下げた。
ハイメスも、デルリオの威圧感に、感じる物があったようだ。しばらく唸ったが、最後には
「どうぞ、お乗りください」
と、馬車へ三人を促した。
ちなみに、デルリオは名を聞かれて、「ディオとでも呼べ」と愛称を答えていた。
馬車の席は、後列にリヴィとセルジエ、前列にデルリオ、となった。
馬車は街道を軽快に走っていく。
「セルジエ様、馬車は辛くはありませんか? 乗ったご経験は?」
リヴィがセルジエの様子を伺った。
セルジエは平然としている。
「まあ百年以上ぶりだけど、乗ったことはあるよ。大丈夫」
安心させるようにセルジエは微笑みかけた。
それを見て、デルリオがニヤニヤと笑う。
「お熱いじゃねーか、二人とも」
するとリヴィは、キッと眦を吊り上げた。
「そんな事ではありません! デルリオ様も、ご気分が優れないときは、すぐにおっしゃってくださいね」
デルリオはその迫力と発言内容に気圧された。
「お、おお」
曖昧に返事することしか出来ない。
セルジエはまた、可笑しそうにリヴィを見つめていた。
夕刻には宿場に着くはずだが、昼過ぎに、馬車は一度止まった。
何も無い、街道の真ん中だ。周囲は林で、街道だけが見通せるような場所。
何事かと、リヴィは窓から外をうかがった。
すると、ハイメスが駆け寄ってきた。
「申し訳ない、シルバーウルフが出ました。対処しますので、窓を閉めていてください」
「シルバーウルフ!?」
リヴィは飛び上がる。
体長が人並みにあり、人間を襲って食うこともある魔物だ。訓練された兵士なら問題なく倒せるはずだが、いかんせんリヴィには今まで無縁の物だった。それが、すぐ近くに居るなんて。
固まったリヴィに変わり、セルジエが窓の木戸を閉めてゆく。
しかし、最後の大窓を閉める前に、デルリオが動いた。
バンッ!
デルリオがドアを勢いよく開ける。
「デル……ディオ様!?」
リヴィが慌てる。ハイメスも驚き、
「馬車の中へ! 危険です!」
と声を飛ばす。
しかしデルリオは不敵に笑った。
「たかがシルバーウルフごときに、手間取ってんじゃねーよ。片付けてやるから下がってろ」
そう言って、デルリオは手を掲げた。
その手の先に、小さな魔方陣が現れる。
兵士たちと向き合い、抗戦するシルバーウルフたち。数は4匹ほど。
その狼たちに、赤い点が現れた。
「おら、離れろ人間ども! 行くぜ!」
ただならぬ気配を感じて、兵士たちは一斉に馬車の方へ飛び退いた。
全員がシルバーウルフから一定の距離を取ったのを確認した瞬間。
デルリオが指先を動かす。
ドン!! ドドドンッ!!
シルバーウルフたちが、突然爆発した。
衝撃で狼たちは倒れるが、それでも火は収まらない。勢いよく燃え上がり、狼たちを焼き尽くしていく。
見る見る間にシルバーウルフたちは原型を無くし、跡には消し炭だけが残った。
唖然として、ハイメスたち兵士がデルリオを見る。
デルリオは得意げに笑った。
「片付いただろ。おら、先へ急げ」
馬車から見ていたリヴィは唖然とし、セルジエは面倒そうに髪をかき上げていた。




