第六話
村は人々が中央の広場に集まり、だというのに静まりかえる、異様な雰囲気に包まれていた。
広場の片側には、荷車に乗せられて回収された兵士と、それを取り囲む神殿の腕章を着けた兵士。
反対の片側には、領主であるジュアット家の紋章を旗に掲げた衛士。
それぞれ10人程度ずつが、睨み合っていた。
神殿側の兵士が吠える。
「だから、邪教の神が使徒である我らに弓引いたのだ! この件は我々が片を付けねばならない!」
それを受けて、領主側も叫ぶ。
「その前に、女性が貴殿らに刺されたと聞く。如何に僧兵であっても、領内で殺人未遂は見過ごせない。その兵士たちは取り調べを受けてもらう。身柄を渡してもらおう」
両者の主張は平行線を辿り、膠着状態へ陥っていた。
リヴィは離れたところからソッとその様子を伺っていた。
セルジエに抱かれて時空を飛んだ先は、村の上空。
さすがに上空に現れた二人に気付く者は居なかった。
リヴィは人の輪の中に、ベルタの姿を見つける。
「ベルタさん……! よかった、巻き込まれて居ないみたい」
「よかったね。騒動の内容も分かったし、満足かい?」
セルジエが尋ねる。
リヴィは首を振った。
「領主様が先日のことを調べてらっしゃるなら、お伝えしなければ。刺されたのは私、そもそも祈りの間で死ぬはずだったことを」
「……君は権威に従順だね」
呆れたようにセルジエが言う。
しかしリヴィはまた首を振る。
「知る権利があると思うんです、領主様は。セルジエ様の山を領地に持つ方ですから。神殿の行いがセルジエ様にご迷惑を掛けていること、神力はそのために発揮されたこと。私はそれを、知らせなければいけないかと」
ハッキリと言うリヴィを、セルジエは意外に思い、見下ろした。
“祈って死ぬ”役目に洗脳されているばかりかと思うのに、時折、妙なところで自我を見せる。
そう、“誰かのために”と動くとき、リヴィはハッキリとした意見を見せた。
今日、倒れたデルリオを見つけて、水を与えたときも。
セルジエに部屋を作ったり、食事を用意したときだって。
他者のためとなると、リヴィは迷わず、物怖じしない。
そして今度は、領主のためときた。
セルジエは思わず口端を上げて、吹き出した。
「ふふっ。なら、君に任せるとしようか。けれど、君の身を差し出して解決しようというのは、認めないからね。この私が救った命だ、そう易々と捨てられては困る」
「……わ、わかりました。助けていただき、感謝いたします、セルジエ様」
抱かれた体勢のまま、リヴィは礼を取る。
(有り難くなんて、思っていないだろうにね)
皮肉は思うだけにして、セルジエは村の外れへとまた転移した。
そこにリヴィを降ろす。
「確認するけれど、君は領主側に先日の真実を伝えたい、ということだね?」
「はい」
「わかった。話すことは認めよう。必要となったら私を呼びなさい、助け船になるかもしれない」
「……え?」
リヴィは驚いた顔をしてセルジエを見た。
セルジエは逆に首をかしげる。
「どうしたんだい?」
「……どうしてそこまで、してくださるんですか。セルジエ様はご迷惑を被った側なのに」
セルジエはその言葉に考え込む。
(確かに、破格の待遇かな)
しかし心は揺らがなかった。
「君は私の巫女だから。私に仕えていれば良い。勝手や危ないことは許さない。それだけだよ」
セルジエはそう言うと、リヴィの背を押した。
村の広場へと向けて。
促されたリヴィは、まず人の輪に居るベルタに駆け寄った。
「ベルタさん……!」
「リヴィ!? いや、巫女様……!」
ベルタは驚くが、しかし小声で話す。
「今出てきてはいけないよ! 貴方を刺した兵士の待遇で、衛士が来て取り調べをしようとしているんだ」
「はい、聞いていました。だから私は、証言をするために来ました」
ベルタは悲痛な顔をした。
「アンタは被害者だろう!? もう関わることは無いよ」
「いいえ、領主様には知る権利があります。キチンと知って、水竜神様に正しい態度を取ってもらわなくては」
ベルタや、周囲の村人は唖然としてしまった。毅然と言い放つリヴィに、それ以上何も言うことが出来なかった。
リヴィは兵士たちの輪の方へ向かう。
村人はザッと割れて、道を作った。
村人の輪から進み出るリヴィを、教会の兵士と領主の衛士が見とがめる。
リヴィは衛士の前へと進み出ると、跪いて、深々と礼をした。
「恐れながら申し上げます。私は先日の刺傷事件で刺された、水竜神様の巫女でございます。水竜神様のお力により長らえたことを、証言いたします」
「何? 刺された本人だというのか?」
衛士の先頭にいた、兵隊長と思われる男性が問い返した。
リヴィは平伏の姿勢をとり続ける。
別の衛士が声を上げた。
「娘、今は事件を起こした兵士の扱いについて審議している。邪魔をせず、下がっていろ」
これには、リヴィは言い返した。
「兵士の行動についても申し上げたく存じます。兵士が倒れたのは、巫女を害し、水竜神様の怒りに触れたため。手を出したのは、教会側こそでございます」
衛士長がうなった。
「お前は、水竜神の神力を受けたというのか」
「その通り。致命傷を負いましたが、こうして存命しております」
リヴィは一層深く平伏する。
すると、周囲から声が上がった。
「私たちも確かに見たよ! この子が刺され、そこに竜神が降臨して、蘇生させたのを!」
ベルタだ。その声に賛同して、「そうだ」「俺たちも見た」と村人から次々声がする。
衛士長はますます考え込む。
「……お前たちは、水竜神が実在する、というのか?」
その言葉に、リヴィは思わず立ち上がった。
領主お抱えの衛士だということも忘れ、キッと睨み付ける。
「山より湧き出す水、山の実り、それらは水竜神様のお力あってこそのもの。水竜神様をないがしろにすることは、許せません!」
高く通る声が響いた。
衛士長は呆気にとられる。
先に動いたのは、今まで沈黙していた教会の兵士たちだった。
「この、邪神に傾倒する邪教徒め……! ここで果てよ!」
そう言って、法具を掲げた。兵士の格好をしていても、腐っても教会の信徒だ。一団の長らしき男は、法術を使えたのだ。
男から発された光が、ビームになってリヴィに向く。
リヴィは振り返ったが、身を庇う暇も無かった。
バシッ!!
ビームがリヴィに直撃した。
村人たちが息を呑み、一部から悲鳴が上がった。
リヴィは衝撃に思わず倒れ込んだ。
しかし、それ以上負傷することは無かった。
リヴィの身体が、水色に発光する。その光がビームに焼かれた跡を、まるで泡のように打ち消していく。
リヴィ自身も、泡のように消えるビーム跡を呆然と見つめた。
法術に焼かれるはずだったリヴィは、ほぼ無傷で、その力の跡を打ち消してしまったのだ。
「これは……なんと……」
衛士長が言葉を失う。
リヴィに起こったのは、確かに神の奇跡だった。
そこへ、声が飛び込んだ。
「巫女殿!」
人垣を割って、セルジエが駆け込んできたのだ。
リヴィの横まで来ると、跪いて、助け起こす。
(セルジエ様!?)
リヴィはその振る舞いに驚いて、声も出ない。
まるで人間のような振る舞いだ。浮いても居ないし、駆ける速さも人間並みだ。なにより、いつもにじみ出ているプレッシャーが、微塵も感じられなかった。
「無事かい?」
セルジエが尋ねる。
リヴィはかろうじて、
「はい」
と返事した。
衛士長が声を掛ける。
「お前は?」
セルジエはリヴィを抱えたまま、衛士長を見上げた。
「山の神殿の神官です。代々、ひっそりと、水竜神を祀ってきました」
リヴィは思わずセルジエを凝視する。
(そ、そういう設定? 神官のフリをするってこと?)
凝視するリヴィを、セルジエはさも心配そうに見返す。
「竜神の力で蘇生したとはいえ、巫女殿はまだ万全では無い身。無事で良かった」
「ご、ご心配には及びません」
リヴィは慌てて頭を下げる。
妙に人間のフリが上手いが、相手はセルジエ本人なのだ。心配したと言われると、居心地が悪くて仕方ない。 (普通、心配するより、害した相手に怒るよね、神様って)
リヴィは内心冷や汗が止まらない。
衛士長が口を開く。
「神官よ、今のが竜神の神力だというのか」
「はい。巫女殿は、神殿を清め、真摯に祈り、竜神に仕えたため、竜神の加護を受けています」
(そうだったんですか!?)
聞き返したいことばかりだが、リヴィは下手に口を開けない。落ち着き無く、衛士長とセルジエを交互に見る。
すると、衛士長がため息をついた。
「竜神が本当に居るとは……。その娘が刺されて蘇生したというのも、本当なのかもしれんな。これは、ここで断じるには手に余る」
「隊長、しかし刺傷事件は」
部下の衛士が問う。
衛士長は頷いた。
「ああ、予定通り、放置は出来ん。教会の者たちよ、やはりその下手人たちは引き渡してもらう。領主館にて尋問会を開く、その際に列席させる。必要ならば、世話役に何人かついてくるが良い」
衛士長はリヴィとセルジエに向き直った。
「貴殿らにも、尋問会に出席してもらう。領主ジュアット侯の前で、事の経緯を説明せよ」
リヴィは再び礼を取った。
「水竜神様の神威を伝えるためなら、私はどこであろうと伺います」
セルジエはリヴィに倣って黙礼した。
衛士長は頷く。
「追って使いの者を寄越そう。数日のうちには招待する、支度して待っていろ」
「承知いたしました」
返答すると、衛士長は頷いた。
それから、下がれと手で示す。
リヴィはセルジエを伴って、群衆の側まで下がった。
衛士たちは荷車に乗せられた、昏倒したままの兵士を回収する。
兵士たちがわずかに抵抗した。
「なにをする! 教会に反目する気か!」
「大人しくしろ。そちらこそ侯爵に逆らう気か」
「世話役を付けるならさっさと決めろ」
押し問答しながら、衛士たちは荷車を引いて、立ち去っていく。
兵士たちも衛士に続いて去って行き、やがて、村には静けさが戻った。




