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第二話

 家は古着屋、下町だが中流階級に属され、姓も与えられた家だった。

 子女は中等教育まで受けることが出来たし、下級貴族へ嫁ぐ同級生も多かった。

 その中でリヴィは、勉強はパッとせず、経営に必要な算術も、愛想良く接する処世術も持たなかった。

 両親はそれでも『家のことをしっかりやりなさい』と家事手伝いに回して、放り出すことはしないでくれた。

 しかし、出来の良い弟妹との扱いは徐々に差が開き、家では『姉』と呼ばれこそすれ、ほぼ使用人のような扱いだった。

 そんな折りに降って湧いた巫女の話。たとえ死ぬためのお勤めでも、“自分にしか出来ない勤め”と思えば、栄誉だった。

 教会での、食事を抜かれ、餓死に堪えられるよう精神を追い詰めながら、竜神についての知識を詰め込まれる日々も。お役目だからと思えばこそ堪えられた。


 それが、なにもかも無意味だったなんて。




 リヴィが目覚めると、石の寝台の上だった。

 小部屋のようである。相変わらずの石煉瓦造りで、朽ちた木製の机がある。

 傍らには、細身で長髪の青年が居た。――セルジエだ。

 思い出して、リヴィは飛び起きた。

 「――っ」

 何か言おうとしたが、言葉が出ない。頭が白んで、クラクラとした。

 セルジエが横目にリヴィを見る。

 「気がついて何よりだよ。まだ動かない方が良い。食べられるかい?」

 そういってセルジエは石のナイフで果実を切り、差し出した。

 赤い皮にオレンジの果肉。プラムのようだ。

 リヴィは受け取って、促されるままに口に運んだ。

 途端、甘く、酸っぱく、ジューシーな水気が口を満たす。

 「……おい、おいしい……!」

 リヴィは思わず涙ぐんだ。干からびかけた体に、果実の栄養分が行き渡るかのようだ。

 セルジエは頷く。

 「よかった、食べられるみたいだね。それを食べたらまた休みなさい。帰るための力を付けなければ」

 夢中になってプラムを咀嚼していたリヴィは、その言葉に固まる。

 「帰る……」

 「私は神託など下していない。君がここに来たのは何かの手違いだ。神殿に帰って、よく調べることだね」

 「そんなこと……出来ません」

 「君は、死にたいのかい?」

 リヴィは表情の抜け落ちた顔でうつむいた。

 「そうかもしれません」

 セルジエは淡々とそれを見る。

 「それは困った。神殿に死体が転がっても困るのだけれど」

 言われて、リヴィは気付く。


 神殿は無人だと聞いた。では、今まで祈りを捧げた巫女はどうなったのだろう。巫女は不寝食の儀をするための存在だと教わった。片付ける者が居なければ、過去の巫女の残骸が、祈りの間に転がっていたはずだ。


 「あの……水竜神様」

 「セルジエで構わないよ。なんだい?」

 「過去の巫女の亡骸は、その……セルジエ様が弔ってくださったのでしょうか?」

 セルジエは考えるように宙を見つめ、髪をかき上げる。

 「どうだっただろう。なにしろ、巫女が来るのも百年以上ぶりだからね。皆、死ぬ前に帰ったか、逃げたんじゃ無いかな。少なくとも私が手を煩わされたことは無かったよ」

 「逃げた……?」

 リヴィは瞠目した。

 逃げる、なんて、リヴィは考えたことも無かった。

 巫女は神殿で死ぬもの、そう教え込まれたし、飢餓に耐える訓練もさせられた。

 堪えて堪えて、その末に死ぬものだと、思い込んでいた。

 「私……なにやってるんだろう……」

 「全くだね。神殿はなにをさせているんだろう」

 呆然となったリヴィに、セルジエはあっさりと同調した。

 それからセルジエは、座っていた石の椅子から立ち上がる。

 「木の実は裏にいくらでも実っているから、目が覚めたらまた食べなさい。今は夜だ。よくお眠り」

 「……」

 リヴィは自失状態で答えなかった。

 構わず、セルジエは部屋を出て行った。

 彼がいなくなると、途端部屋は闇に覆われる。小窓からの月明かりが唯一の光源だ。

 それで初めて、リヴィはセルジエの力で部屋が照らされていたことに気がついた。




 二日後。

 リヴィは枝葉を集め、太い枝に蔦でくくりつけて、簡易のホウキを作っていた。

 出来映えは上々で、試しに廊下を掃いてみると、ちゃんと砂利や埃がはらわれる。

 ザッザッと、リヴィはホールから順に、掃き掃除を始めた。


 「……何をしているんだい?」

 セルジエが尋ねた。ホールの入り口にもたれて、いつの間にか立っていた。

 リヴィはホウキを置き、礼を取る。

 「お騒がせしております、セルジエ様。神殿を掃き清めておりました」

 「そのようだね。何故?」

 リヴィは一瞬言葉に詰まる。

 他に出来ることが無いからだ。神官のような法術も仕えなければ、役立つような知識・技能も無い。

 (私には、掃除や炊事くらいしかできることがないもの)

 「……神殿を清めるのも巫女の務めでございます」

 苦し紛れにいうと、以外にもセルジエはあっさりと頷いた。

 「確かにそうだね。……でも、何故? 君はここに死にに来さされたんだろう」

 「それは……」

 「ああ、死ねという意味では無いよ。こんな所、さっさと出て行った方がいい、ということ」

 「……あの、勝手ながら、まだ本調子では無くて……」

 リヴィは言いよどむ。

 それでセルジエは得心する。

 「ああ、まだ山を下りるほどの体力は無いか。掃除でもして体力を付けようという所かい?」

 「……ご迷惑でしょうか」

 「構わないよ。誰も使わない神殿だけれどね。好きにリハビリに使うといい」

 そう言うと、セルジエは緊張を解き、壁にもたれ直した。

 リヴィは動きあぐねる。

 セルジエは視線でリヴィを促した。

 リヴィはぎこちなく、掃除を再開した。セルジエはどうやら見物するつもりらしい。

 ホールを清め終わるまで、セルジエは入り口でジッと様子を眺めていた。

 どこか楽しげに。




 「あの、セルジエ様のお部屋はどちらでしょう?」

 翌日、廊下を掃き掃除していたリヴィが尋ねる。

 セルジエは二つまばたきをした。

 「部屋?」

 「ええと、小部屋も掃除していきたいのですが、入ってはいけない部屋があれば……」

 リヴィは尻すぼみに尋ねる。未だセルジエに萎縮していて、慣れる様子は無い。

 対し、セルジエは、「ふっ」と吹き出して笑った。

 「ふふふ。私の部屋か、そんな物は無いよ。入ってはいけない部屋も無い。面白いことを考えるね、君は」

 「部屋が無い……? では、普段はどちらでお休みに?」

 「基本的に休まないけれど、あえていうなら、山中の洞穴かな。あそこは世を見渡すのに丁度良い」

 「普段はそちらでお過ごしということですか?」

 「そういうことだね。だから、掃除くらい神殿中好きにして構わないと、言ったろう?」

 「は、はい……」

 リヴィは頷きながらも、少し思案した。


 その日、リヴィは夕方遅くまで小部屋を掃除して回っていた。

 見かねて、セルジエが再度現れる。

 「いつまでやっているんだい? もう休みなさい」

 「あっ、セルジエ様」

 リヴィはパッと顔を上げた。

 拭き掃除していた台を示しながら言う。

 「この部屋を掃除し清めました。もし休む必要があるときは、こちらをお使いください」

 セルジエは虚を突かれて、数度瞬きする。

 部屋は石製の寝台と椅子、それに机に使えそうな台が、一通りそろっている場所だった。大抵の部屋は机など朽ちて欠けて使い物にならないが、この部屋の物はまだ朽ちると言うほどでは無い。

 この神殿に残る部屋で、一番良い部屋だろう。

 「……わざわざしつらえたのかい? 休まないと言ったのに」

 「……ご迷惑でしたか」

 「迷惑では無いけれど、意味は感じられないね。さあ、もう休みなさい」

 セルジエに促され、リヴィは一礼すると、トボトボと部屋を後にした。今寝室に使っている、一番手前の部屋へ向かっていく。

 セルジエは寝台に腰掛けた。

 「全く、面白い」

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