と) 取り返しのつかない失態
(お父さん、本当にここに娘を預けてもいいと思っているんですかー?)
ウチは今切実に、そう問いかけたい。
だって、執事がうさんくさいだけならまだしも、類友とでもいうように会場内に集まっている客人も変人な予感がしている。
ウチは早くもこの屋敷に足を踏み入れてしまった自分を後悔していた。
変態執事に手を引かれ、会場内に入る。
たったそれだけで会場内が何事かというぐらいに静まりかえる。
もう仮面がどうとかつっこみにくい空気に変化している。
おかげで、囁く声はとても良く聞こえてきてしまう。
「今度は本物っぽいな」
この部屋はだいたい学校の体育館くらいの広さみたいだ。
これでもこの屋敷じゃ小さい方の部屋なんだろうなと、ぼんやり考えながら足を進める。
進みたくなくても、肩にしっかりと回された手が逃れさせてはくれない。
てかさ、すごくすごくものすごーく聞きたいんだけど「ホンモノ」ってどーゆーことよ。
ウチはウチで、ウチ以外の何者でもない。
ニセモノとかそんなん言われても困るけど「っぽい」てつけられると、なんかムカツク。
なんで、知らない人にウチがホンモノっぽいとかニセモノっぽいとか判断されなきゃなんない。
「いや、でも今更出てくるわけないでしょう」
今度の囁きは酷い侮蔑の響き混じりだ。
もしもウチが彼らの言うホンモノだとしても、こんな風に言われるなら絶対に出てきたくなんてないことぐらいわかる。
こんな、ウチのことを何も知らない人たちに、悪く言われる謂われはない。
その声は続ける。
「伝説ですよ、所詮」
……何に巻きこまれてんだ、ウチは。
わからないけど、とにかく負けたくないと思った。
こんな何も知らない人たちに負けたくないから、顔をしっかりと上げ、背筋を伸ばしてゆっくりと歩く。
執事が不思議そうに一瞬こちらを見たけど、そんなことは関係ない。
こいつはこんな場所にウチを連れてきた張本人なんだから、味方のハズがない。
頼る力はないけれど、それでも大人しく負けてやるつもりはないんだから。
「……ほぅ」
「これは意外と……」
私は両親からとても愛されている。
それはどこに行っても恥じるモノでもないのに、何故か影で言う人は絶えない。
だから、私は胸を張って、堂々とすることにしているんだ。
誰に言われたわけでもないけど、そうすることにしてる。
ウチはウチの両親の娘であることを誇りに思ってる。
そんな調子で会場の最奥まで連れてこられれば、今度はスポットライトを当てられて。
まぶしいぜ、こんちくしょう。
とか思ってたら、管理人の奴とんでもないこといいやがった。
「さぁ、姫君。
皆様にご挨拶を」
聞いてない。
全然、全く聞いてない。
誰が姫君で、どこで挨拶するって。
とりあえず絶対に自分じゃないことを祈っていたら、背中を強く叩かれた。
痛いよ、もう。
「えーと」
「それでは、今日の良き日を祝いまして!
カンパイー!」
こちらが戸惑っている間に執事は勝手に音頭をとって、合わせて周囲から歓声が続いた。
もう一体どうなっているのか、誰か説明してください。
と、考えても誰も説明してくれないので、仕方なく執事に声をかける。
「誰が姫ですと?」
しかし、この人は最初からウチの話を聞いてくれた試しがない。
「さぁ、あなたの席はあちらですよ」
ほらやっぱり。
視線の先の「ウチの席」と示された椅子をみて、げんなりする。
だってさ、あれだよ。
ロールプレイングゲームの王様の椅子みたいなんだよ。
全体的に赤い生地で出来てて、木枠は吃驚するぐらいによく磨き上げられて光ってて。
毎日ワックスがけでもしてんのかな。
あー座りたくない。
しかも、左右に二人ずつ黒服のおっさんがいるのはどうゆーわけですか。
すごくお近づきになりたくない。
この執事にとってはウチのそんな気持ちなんて全然微塵も関係なくて、ぐいぐいと最初と変わらぬ調子でウチの手を引っぱり、無理矢理にそのキング椅子へと座らせる。
痛いと言っても聞かないし、座りたくないなんて駄々を捏ねるのもみっともない。
だから、悔しくても今は素直に従うしかなかった。
「どウぞ」
渡されたのはワイングラスで、絵の具の赤に黒を少し混ぜて、水をたっぷり混ぜたみたいな色の水が三分の一ぐらいだけ入っている。
あんまり美味しそうには見えないし、なんだか母がよく飲んでいる赤ワインによく似ている。
「何が食べたいですカ?
よろしければ、取ってきますよ」
「え、あなたが?」
「いいえ、彼が」
平然と執事に指さされた黒服のおっさんはどうみてもこの執事よりは年上に見えるのだが、何の感情も示さずに小さくウチに会釈した。
つられて、小さく頭を下げる。
て、そんなことしている場合か。
「あのですね」
「ああ、姫君はお食事がいらないデスカ?」
ふざけんな。
「でも、何も食べないのはヨロシクありまセン。
あなた、姫君に何か食しやすいものを見繕ってキてクダサイ」
まただ。
またこれだ。
この人の耳は必要なことしか聞かない。
それ以外のことにはまったく興味がないとでもいうようなその態度がなによりも気に入らない。
そんで、そんなやつの言いなりになってやるつもりはサラサラない。
「なんでウチが姫?
そのためにこれ着せたの?」
ニコニコとうさんくさい明らかに作り物な笑顔は返してくれるが、答えてくれる様子はない。
でも、負けない。
「なんでまた、ウチはこんなに偉そうな椅子に座らされているの?」
「それは、あなたが姫だからです」
「だからなんで姫なんだってきいてんだけど?」
「ワタクシに言われましても~」
「……妙なシナを作らないでください……」
なんとか聞き出そうとしてみるが、やはりこの男相手ではまともな会話にもならない。
そうこうしているうちに次々と食事が運ばれてきた。
もういいと言わなかったら、ずっと嫌がらせのように運んできたに違いない。
「……いただきます」
とりあえず、お腹も空いてることだし。
両手を合わせて、食事の挨拶をしてから食べ始める。
これはもう普通に習慣だろう。
なのに、なんでまた皆さんウチに注目していらっしゃるんですか。
そんなに珍しいことをした覚えはない。
日本人としてはごく普通のはずだ。
なのに、一切の音がない。
さっきまで煩いぐらいにかかっていた音楽までもが止まっている。
まるで、時間が止まってしまったかのように。
「あ、あのー……?」
ウチがその辺の黒服に声をかけようとしたら、再び何事もなかったかのように談笑が始まった。
一体、どうなっているんですか。
「ウチ、何かしました?」
「お気になさらず、どうぞお食事を続けてクダサイ」
いや、気になるって。
それに、何事もなかったかのように時間は進んでいるし。
「もうしばらくしたら、レクリエーションも始まりますからね」
楽しみにしててクダサイ。
なんて、普通なことを言われて、フォークを咥えたまま、ウチはますます眉根を寄せた。
この執事が言うのだから、絶対に普通のレクリエーションであるはずがない。
さっさと食事を済ませて、部屋へ戻ろうとウチは決意した。
食い意地が張ってるとかじゃなくて、目の前の美味しそうな食事を一口も食べないなんてもったいないことは出来ないよ。
せめて一口と手が伸びてしまう料理はどれも口にしたことのない美味しさで、たとえ罠だとしても後悔しないと思ってた。
これが、まさか取り返しの付かない失態へと繋がろうとは夢にも思わなかった。
つか、考えるわけないでしょ。
どれだけ執事がうさんくさくても、会ったことなくてもここの主人は父の友人なんだから。
疑うなんて、ねぇ?
半年もかかってこれしか…!
待ってくださった方、お待たせした上にこれでスイマセン!
(2007/1/15 17:29:30)
<次回予告>
とうとう始まったパーティー。
もちろんあの執事が大人しく部屋へ帰してくれるはずがない。
その上、これからさらなる変人が登場します(無茶だ。