1.白雪姫は冒険者になりました
むかしむかしあるところに、とても可愛い女の子がおりました。母である所の王妃の願いどおり、雪のように白い肌、黒檀のように黒く豊かな髪、そして、熟れた林檎のように艶やかな唇の……魔法の鏡曰く、世界で一番美しく整った容姿の娘でした。勿論、生まれた時から片鱗はあったものの、ただ子供らしい愛らしさに気難しい宰相でさえも好々爺の如く眦を下げるような赤子でありましたが、歳を重ねるに連れ、女性らしい美しい容姿を磨かれてゆく傍ら、彼女は実に、大人が舌を巻くほどに優秀な王女でありました。
城を追い出された白雪姫。
継母に虐められていたので、いつかはそうなるとわかっていたので、冷静に考えて、冒険者になることにしました。こんな事もあろうかと、護身術の授業はサボるどころか、護衛相手に嬉々として剣を振り回していました。父王に知られれば、亡き母譲りの美貌がと煩いので、魔術ーー特に治癒術の訓練は真っ先に覚えました。
「狩人さん、冒険者になるにはどうしたらいいの?」
色々教師は付けられていましたが、結局のところ箱入り娘なのは変わらないので、私を殺すように言われていた狩人さんに聞いてみました。彼は義母様お気に入りの狩人さんですが、実は隣国の末の王子です。何故私がそれを知っているかというと、昔から文通相手であった隣国の王太子が「うちの弟がそっちに遊びに行ったよー」と教えてくれていたのと、彼の特徴が明らかに隣国の王族のものだったので、初見は爆笑しました。隠す気ゼロか、と。
「白雪姫、冒険者というのは貴女のようなお姫様に務まるものでは」
「あ、!」
話の途中ですが、目の端で鹿が走っているのを見て、すかさず私は弓を矢を三本放ちました。三本の矢が吸い込まれるように刺さりました。
「やった! 今夜は鹿鍋でお祝いしましょー」
「ポジティブすぎだろ!?」
「えーだって、食べないとお腹すいて動けなくなるでしょ」
「ーー僕に殺されるとか考えないわけ?」
「え?狩人さんが?無理でしょ」
私は動けない鹿に近づくと、すかさずとどめを刺して、鼻歌を歌いながら解体していると、青い顔で口元を抑えて「話が違う」と俯いている。この人、狩人のフリしてるけど、元の育ちがいいからこういうのダメなんですよね。ちなみに、私はいつ義母に追い出されてもいいように、料理長たちに解体から調理まで仕込んでいただきました。
そういえば、この人義母から私を殺した証拠を持ってこいとか言われてたよね。……せっかくだから、鹿の心臓をあげよう。きっと美味しく食べてくれるだろう。
「狩人さん狩人さん」
「なん・・・・・・!?」
「これあげます」
「な、こ、え!?」
「私を殺した証拠が必要でしょう?」
「hklkぺq@g」
なにか意味の分からない言葉を呟きあわあわしている狩人さん(笑)に、鹿の心臓を押し付けて、私は解体した鹿に状態保存の魔法をかけて、義母の侍女がこっそりと持ってきてくれた義母のサイドバッグにそれを突っ込みます。これ、いくらでも物が入る優れものなので、いつ追い出されてもいいように、調味料とか食材とかいろいろ入ってるんですよ。
「じゃあ、狩人さん。これでお別れですね」
スッキリとした顔の私に複雑そうな狩人さん(笑)。
「アンタはそれでいいのかよ」
「いいんですよ。あれでも義母様はきちんと王妃として仕事をしてくださっていますし、お父様だって、わかっていて育児放棄してるんです。だから、ここは私が大人になって、お父様を捨ててやったほうが、色々と丸く収まると思います」
「いや、収まってないだろ」
「収まるんです! これで、やっと脱・籠の鳥! お父様のうっとうしい束縛から晴れて自由の身!!」
「そっちが本音か!」
「あと学校行きたくない」
「不登校児か!」
「あ、勉強が嫌なわけじゃなくて、お子様と交流するのがめんどいだけだから」
「もっとひどい!」
「史学とか算学の先生にはいつでも研究室においでって行ってくれてるし、他の先生達も追い出されたらうちにおいでって行ってくれてるし、お父様に見つからないうちに行かなくちゃ」
じゃあね、と背を向けた途端、振っていた手をはっしと掴まれた。
「白雪姫、」
「狩人さん(笑)」
「待って(笑)とかつけないで」
「だって、血が苦手な狩人(笑)って、笑うしか無いよね。ムリしないで、最初っから行商とかにすればよかったのに」
「……やっぱ、知ってたんだ。僕のこと……」
「うん、狩人さん(笑)のお兄様が教えてくれたよ。アイツ、血が苦手なのに、ウケ狙いで狩人なんてやってんのかって(笑)」
がっくりと崩れ落ちそうになりながらも、狩人さん、もとい隣国の末王子は私の手を離してはくれなかった。うん、このままだとやばいと思うんだよね。ここで解体したし、肉食獣があつまってくると思うんだけど。ーーこの子、守りながら戦うほどの技量は、私にはない。
「狩人さん(笑)の護衛は?」
「は?」
「いますぐ呼んだほうがいいと思うよ?」
「え?」
「てことで、バイバイ、狩人さん(笑)」
私は彼の腕から自分の手を取り返すと、一目散に森を駈け出した。城とも城下とも違う、深い深い森の奥へとーーそうとは知らずに入り込んだ。
「ちょ、まて、白雪姫! そっちはーー……」
逃げ足も相当特訓したからね、あっというまに狩人さん(笑)の声は聞こえなくなった。