momo#5
「秘技、桜花乱舞っ!」
ドアを開けると部屋一面ピンクの花吹雪だった。床を滑る風が落ちる花弁を巻き上げて一見目くらましのように思えるが、桃汰よりも父の目くらましになっているようである。
手を伸ばしてつかんだそれは、秘技とかいうわりに、小さく切っただけのピンクの色紙だった。四角や三角など大きさも形もまちまちだが、ただの紙。というかゴミ。後ろからそれを見た助手が呻き声をあげた。片づけるのは助手だからだ。
紙吹雪に騙されると云うよりそれを隠れ蓑にして、一気に桃汰は間合いを詰めていた。
「くぅっ! 見えん!」
やった本人がそれに気づいていない。正面から堂々と近づいて、桃汰は刀を振りかぶった。
「止めなさい、桃汰!」
振りかぶったままこちらを見た桃汰は、とても困ったような混乱した瞳をしていた。そこに映るのがどんな姿なのか考え、僕は内心げんなりとした。
舞う花吹雪の影に漆黒の髪が踊り、纏うピンクの白衣が風に吹き上げられる。その姿は紛れもなく…。
「やっぱやめ」
僕は踵を返して部屋に舞い戻った。扉を閉めた3秒後に、向こう側で再び追いかけっこが始まった。
「どうしたんですか?」
満面の笑みで写真を撮りながら、助手が訊ねてくる。ピンクの白衣と黒髪のづらを外し、僕は彼に向かって投げつけた。
「真面目に別の方法を考えろ」
「いやだな。全然真面目じゃないですか」
笑う助手の頬を掠り、マイナスドライバーが鉄の壁に刺さった。後ろを振り返り、それを確認した助手の笑顔が笑顔のまま凍り付く。
「考えろ」
「は~い」
助手は大型パソコンを操作してなにやら始めたので、僕はもう一度桜葉の元へ向かった。桃汰を止める他の方法をもう一度聞くためにーー。
「桜葉」
彼女は例によってぐっすりと眠っている。額に手を当てて僕も少し安堵した。熱はだいぶ下がったようだ。
「起きて桜葉」
軽く頬を数回叩くと、ぼんやりと彼女の黒い瞳がのぞいた。
「お…」
「私の」
「は?」
「私の眠りを覚ますのはだぁれ?」
にっこりという聖母の微笑みが僕の方を見た。母とよく似たあの戦慄の笑顔。
「お前か?」
ふと寝起きの桜葉の最悪のパターンを思いだした。この後に待つものを考え、一気に僕の顔は蒼白になったことだろう。自分じゃ見れないが。
「おやすみなさい~っ!」
逃げだそうとしたら襟首を捕まれた。