momo#4
「桜葉起きて」
赤く充血した目がうっすらと開いた。
「ちび桃が大きくなってんだけど」
「うふふふふふふ~っ かっこいいでしょぉ」
熱はまだ高い。答えてくれる可能性は少ない。
「どうやって止めるの?」
「止めるぅ?どうしてぇ? トータはぁ悪者ぉ退治しないとぉとまらないよぉ」
うつろな目が笑っている。熱に浮かされどこまで本当か謀れない。
「退治って?」
「んんとぉ動かなくぅなるまでぇ」
「何秒?」
「10秒ぉ」
急いで地下に戻る途中、研究室の扉の前でいきなり電気が消えた。立ち止まろうとしたがすでに遅く、壁に激突して弾き返された。
手探りでノブを探し当てて開くと、暗い部屋に一枚のスクリーンが降りている。映っているのは満面の笑顔を浮かべた母。何か言い終わった後なのだろう。
「春乃さん、ひどいよ~」
相変わらず泣きそうな声で父が駆けていくと、目の前でスクリーンが消失した。すぐ後に部屋は非常電源に切り替わり、父はスクリーンの前でへたりこんでいる。
「ごめんっていってるじゃないか~」
聞こえているのかどうかはともかく、桃汰に闇は関係あったのだろう。今にも走り出しそうな体勢で止まっている。たぶん光電池を使っているのだと思った。あの乾電池は何が何でもカモフラージュだと信じたい。ただの飾りなのだと思いたい。
「そりゃぁね、実験が重なって最近帰らなかったりしてたけど~ずっとひとりだったんだよ」
振り上げたままの刀がわずかに動いた。
「春乃さんに会うために頑張ってるのに」
僕の存在に気が付いていないのだろうか、父は。
「…て…」
桃汰の口が動いた。
「どぉしてっ?」
「父さん、来るよ!」
一足飛びに間合いを詰めてくる桃汰と父を前に、僕は桃汰に体当たりしようと駆け寄った。
「さがってください、静葉さん」
その肩をつかんで後ろに引き倒された。とっさに受け身を取ったものの、衝撃は軽くない。僕をそうさせた張本人は父と桃汰の間に何かを投げつけた。
眩い光が辺りを白く埋めた。
「博士!」
駆け寄る声と応じる声、金属のぶつかる音。
「え?」
まさか助手が応戦しているのだろうか。
必死にこらす瞳が見たものは、剣圧に押されながらも桃汰の白刃を受ける父の姿だった。
「博士は剣道三段をお持ちですから。どのくらいかはわかりませんけど、これで幾らかの時間はできたハズです」
「よしひと君?」
隣で聞こえる声に振り返ると、涼しい顔で助手は父と桃汰の戦闘を眺めている。もとから、あの間に割りこむ気がないようだ。
「お嬢さんの研究室で彼の設計図のようなものを見つけました」
助手の見つけた停止条件は静葉の聞いてきたのと同じで、10秒間動かないこと。加えてその間も攻撃はされるらしい。
「なんか弱点はなかった?」
「そりゃお嬢さんの機械には、絶対に効くのがあるでしょう」
機械共通の弱点というと水や電撃のことだろう。だが、桜葉の機械の弱点となると二つに限られる。
ひとつは先ほどの通り闇に弱い。暗いところだと電池でしか動けない。
もうひとつはーーー。
「なんでもいいから~はやく~たすけて~」
剣を交えながら逃げつつ、父はまだ元気だ。
「よしひと君」
「はい」
「父さんの体力はあとどのくらい持つと思う?」
彼は少し考える仕草を返した。
「博士は全部が謎ですからねぇ、あとどのくらいかは」
「こうなったらとっておきの、スーパーマグナムマキシマムミックス爆弾をくらえぃ!」
父の手から桃汰めがけて手榴弾が飛んだ。とっさに助手が盾になってくれたので爆風だけで済んだ。
無茶をする…と助手のため息が聞こえた。
「相変わらず変なネーミングだね」
「この間開発したばかりのヤツだから実験したかったんでしょう」
走りながら広い研究室内に父の高笑いがこだまする。
「ふははははっ見たかこの威力! 次は…」
もっとも桃汰はかすり傷ひとつ負っていないようだ。
「桜葉も簡単に壊されないように最近、考えていたみたいだから難しいよね」
実は桜葉の作るものはよく暴走を起こすので強制終了させることが多い。大抵がプログラムのたった一文字あるかないかのミスだったりということが多く、止めるのも僕の役目だ。
「防水加工もされてそうですね~」
「たぶん服だけだと思う父さんもう少し頑張ってて」
「早くしてね~静葉君~っ」
僕たちは先ほど助手の出てきたドアを開けた。桜葉の研究室は足の踏み場もないほど普段から散らかっている。工具金属部品はもちろんのこと、大型パソコンが壁の右半分を占領して、キーボード部分より半径50センチ以外は隙間さえあれば紙やら基盤やら部品やらが落ちている。
「あれ?」
一度部屋を出て、桜のあしらわれた雅やかなプレートを確認してからもう一度入る。何度見ても室内は磨き上げられ、新築同様の様相を呈している。チリ一つ落ちていない。
「よしひと君が片づけたの?」
助手は表情を変えずに首を振った。
「お嬢さんが掃除用の人形でも開発したのでしょうか」
父の雑用のために開発された助手が不思議そうにつぶやく。それも無理からぬ事だ。桜葉はわざと散らかしているのだから。どんなに乱雑でも本人にはどこになにがあるのかわかるらしい。
「だといいんだけど」
僕は大型パソコンを起動し。
「よしひと君、桃汰のデータ出せる?」
助手にまかせた。いくら双子とはいえ桜葉ほどの頭脳は持ちあわせていない。それに少しもコンプレックスがないとは言い切れないが、僕は僕、桜葉は桜葉だ。比べられる人間なんてどこにもいない。
たまたま桜葉は父の仕事が好きで、真似が高じて博士号まで取るに至っただけだ。
たまたま僕は父の仕事にそれほど興味を持てなかっただけだ。
助手が原因の8割は桜葉にあるともいったことがある。僕は否定する気もないが、肯定もできなかった。
最初に、ディスプレイの全面に人型の図形や数字やらが表示される。当然のごとく英語表記であるが、それ以前にこんなモノを見ても僕にはさっぱりわからない。
「プログラムだけ見せて」
「はい」
すぐに画面の右半分が切り替わって、英数字が溯る滝のように流れた。数年前からアルバイトで校正処理なんかをやったりしているのと、もともと本を読むのが速い方なので、僕にはこれでも大体のことはわかる。
その最初の数行で助手が小さく声をあげる原因も分かっている。あえてそれを無視して、僕は滝のままにそれを見続けた。8分ぐらいでそれはようやく止まった。
「みつかりました?」
かぶりを振って返した。僕にわかる範囲の間違いというのはなさそうだ。
「壊せるんですか?」
「自爆のプログラムは入ってた?」
「ないですね」
残る方法は二つある。
「壊すんですか? お嬢さんは起きてから怒らないですかね」
「ヤなこと言わないでよ。熱に浮かされたまま作ってたみたいだから覚えてないって」
もし覚えてるとしたらと考え、僕は大きなため息をはいた。
こいつもこいつだ。どうして今、こんなことをいう。
「さっきのプログラムの最初にありましたね。いつもの」
「あぁあったな」
「壊す以外の方法があるってことじゃないですか?」
助手はかなり楽しそうにこちらを見ている。桃汰も彼の仲間といえば仲間だから、壊したくないのもあるのだろう。
「わざと入れたんでしょうね」
やっぱり壊すしかないと僕は決意した。
「でもやってみる価値はないですか?」
「ないね。それよりここの電気を落として」
僕の指示しようとする声を遮って、助手がささやいた。
「うまくすれば…」
ささやきに僕は耳を塞ぎたかった。でも可能性として考えていた策でもあるので、言葉はすんなりと飲み込めてしまう。
「し~ず~は~く~ん~っ、ま~だで~すか~っ」
父も呼んでいる。
「ね?」
可愛らしく首を傾げないでほしい。
考え込んでいる間に、助手は部屋のどこかの扉に消えていった。