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コトバあそび(童話パロディ系)  作者: ひまうさ
【一応完結?】桃源郷の夢を見る(元ネタ・桃太郎)
10/17

momo#2

主人公はこっち。

 カチカチと時計の音だけが響く部屋で、静葉は学校指定のブルーのジャージと白いTシャツといった出で立ちでベッドに寝そべり、雑誌を見ていた。顔つきは男らしさとは無縁に見える女顔で、彼自身とても気にしている。髪は短いことを理由に本人は男らしさを主張しているが、周囲の反応は余計に可愛いといった具合で、まったく当人の意向は汲んでくれない。髭を伸ばしたくても生来体毛が薄いせいで、どうにもならない。


 せめて襲われないようにと習っている合気道では、実戦経験が多いせいで現在のところ負けなし。インターハイでは準優勝したほどの腕前になった。


 同様に剣道は有段者、空手は段位こそとってはいないものの有段者と同等以上の実力がある。そんな彼が恐れるものは少なくない。


「やったーっ!?」

 桜葉おうようの叫び声に静葉しずははビクリと身を震わせ、雑誌から目をあげた。姉の桜葉は、彼がこの世でもっとも恐れる人物である。


「桜葉?」

 彼の呟きは恐れと不安を多分に含んでいる。


 本日の桜葉は、風邪で38度も熱があるので学校を休んでいた。病院に行って注射を打ってもらって、午後からずっと寝倒しているというのを母から聞いている。


 寝る前に桃缶をねだっていたとか言っていたので、帰宅してすぐにわざわざ買いに行かされたが、帰ってきてもまったく起きる気配がなかったので、まだ彼女の口には入っていない。


 ずっと寝ていてくれれば、今日は何事もなく終わったはずだが、起きたからにはまた食べたいと言い出すだろう。


 でも、まだ雑誌読んでるし、続きが気になるし。と、再び再び雑誌に視線を落としたところで、階下からの母の声が聞こえてきた。


「シーちゃん~、オウちゃん起きたみたいだから~熱測るように言ってくれる~?」

 しかたなく雑誌を閉じる。母の言葉にはなんとなく逆らいがたいものがある。どういったらいいのかわからないが、とにかく本能的に逆らうなというルールでもあるようだ。


 部屋を出て、隣の部屋の前の襖模様のドアに手をかける。見た目は襖だが、家の構造上、僕の部屋と変わらないから、引き戸である。


「入るよ、桜葉」

 襖模様のドアを開けると、そこは同じつくりのはずなのに完全に和装となっている。ここの部屋の主はとにかく江戸時代頃というのが好きだからだといってしまえばそうなのだが、少々やりすぎに見えなくもない。窓はいつの間に改造したのか、丸窓となっているし。その窓の下に設置されているのは布団であり、姉はそこで桃の薄い影が鏤められたパジャマを着て、シクシクと泣いていた。


 外見はまったく静葉と同じである。違いといえば、髪の毛の長さと胸の大きさぐらいしか見つけられない。それもほんの少し桜葉のほうが丸みを帯びた体型をしているような気がする程度である。静葉をボーイッシュと表現することもできるので、二人並ぶと相似の双子姉妹に見られることが多々ある。


「あたしの桃~ぉ」

「はぁ?」

 桜葉が静葉に気づいて泣きはらした顔を上げる。寝起きなので彼女自慢の長い漆黒の髪もぐしゃぐしゃだし、熱の所為で顔もほんのり桜色だが、姉ながら可愛いと思ってしまった。もっとも桜葉とは一卵性の双子なので同じ顔だ。次には自分も同じように思われていたらどうしようと真剣に青くなった。


「静葉ぁ~」

 しがみつこうとする桜葉の手に桃缶を渡す。普段はこれですぐに泣きやむのだが、今日は一瞥しただけで首を振る。これだけでかなりの異常事態だ。空が落ちてくるかも知れないと、思わず窓の外を見てしまったことには少々目をつぶってもらいたい。


 がしかし、よく話を聞いてみるとどうやら夢の話のようだ。


「でっかい、でっか~い桃を捕ったところだったの~」

 桃太郎の話に出てくるようなシチュエーションで、川上からどんぶらこっこと大きな桃が流れてきたそうだ。当然、無類の桃好きな桜葉のことである。しっかりと捕ったに違いない。


「本物の?」

「たぶん~、捕ったのに~ぃ、なんで目が覚めちゃうのよ~」

 知らないよといいたいのを堪え、静葉は熱を測るように勧めた。寝ぼけているのだ。熱で。こういう時の桜葉は少し母に似ている気がする。気のせいかも知れないが、やはり逆らえない感がある。


「まだ熱があるんだよ。ほら顔も赤いし泣きすぎると目が腫れるよ。父さんが帰ってきて心配するから」

 父は何処かの研究所で働いているらしい。詳しい場所は教えてもらったことがないが、一度桜葉が発信器をつけて探ってみたことがある。その時は発信器が近所の猫の首輪に付け替えられていてひどい目にあった。後をつけた静葉が。


 それだけのことをされても桜葉に逆らえないことに、たいした理由はない。ただ単に、静葉がフェミニストなだけである。泣きやまない桜葉の隣に座って、静葉は彼女と目を合わせた。同じ顔でそうすると、鏡を見ているように錯覚することもある。


「どんな夢だったの?」

 大きな桃の夢を見るなんて、余程桃缶が欲しかったと見える。趣味以外で唯一の楽しみだというのだが、彼女は決して病気の時じゃなければ口にしない。他の誰かが病気の時は必ず見舞いに持ってきたりもする。入院しているときなんかはマイ缶切りを持参してくるほどの徹底ぶりだ。


 ともあれ泣きながら夢を聞き出すと、涙も止まってなぜ洗濯していたのかということをこと細かく説明された。どんなに細かくされても、よくわからないの一言に尽きるのだが、よほどその作業がいやだったのか、どんな色の着物だっただの、どれだけ汚れていただの、あんなのを着る人の気が知れないだの、と数十分もしゃべり倒した。


「それって、なんだか“桃太郎”みたいだね」

 彼女が一息ついたところで、逃げ腰になりながら素早く感想を述べると、桜葉は呆けたようになり同じ顔の同じ色と大きさの瞳が怪しく輝いた。


「静葉~、お姉ちゃんはちょっと趣味に~」

 後悔先に立たず。先に後悔してもまったく意味はないが。


「まだ熱があるんだから、止めなよ」

 止めても無駄だとわかっていても、口にせずにはいられない。


 桜葉の言う趣味というのはいわゆる科学というやつで、最近は専ら人形作りに精を出している。独学ながら、AI(人工知能)まで創り出し、どれだけ人間に近づけるかを研究しているらしい。今までの所、ほぼ90%の確率でそれらは暴走し、すべて静葉によって破壊されている。


 熱に浮かされ忘れているのか、桜葉は無言のまま、満面の笑みで静葉を追い出した。そして、扉を閉める前に一言。


「ありがとう」

 静葉は、お礼を言われたはずなのに寒気を覚えた。桜葉がただで礼など言うわけがない。いったい何を思いついてしまったのだろう。


 桜葉と静葉は顔が母似である。しかし中身はまったく違い、桜葉の中身は父似である。日々くだらない研究に没頭し僕を実験台にする傍迷惑な彼女だが、外見は街頭スカウトを受けたことが何度もあるくらい十人並み以上で僕の友達も絶賛している。それが面倒であまり外出も好まないというが、僕は絶対に趣味の研究のためだと思う。父の友人でロボット工学博士という人が来たときも留学を勧めていたが、彼女は通信教育でなんだか世界的に有名な大学の博士号をとっているとかいう理由を持ち出して、丁重にお断りをしていた。真実かどうかを確かめる気はない。本当だったら、もっと怖い。


 階段を降りて、居間に入る。夕食の支度をしている母の鼻歌が聞こえてくる。曲名は知らないが、クラッシックだろう。よく学校で昼休みなんかにかかっている曲だ。


「どうだった?」

 入ってきた静葉に気がついて、母は楽しそうに聞いてくる。部屋中に味噌汁と鯖の煮付けの芳しさが充満している。そろそろ出来上がるようだ。


「元気みたい」

 ポットから自分でお茶を入れて台所の卓についた。このポットの中にはいつでもお茶が常備してあるが、入れるところを僕は見たことがない。母が替えているという気はしているのだが、何時替えているのだろう。


「ご飯食べれるかしら」

 ソファに座り、リモコンを使ってテレビを点ける。チャンネルを変えてみたが、たいして興味の惹かれる番組が見あたらないので、入力をゲームに切り替える。


「なんか考えついたみたいだから、邪魔しない方がいいかも」

 やりかけのRPGがあったはずだ。専用のゲームケースからソフトを探す。


「オウちゃんはパパに似てるものね~」

 中身だけなら似すぎるほど似ている。静葉は両親のどちらとも中身は似ていない。どちらかというと、


「シーちゃんはなっちゃんに似てるわよね~」

 なっちゃんは父の妹、つまり僕の叔母さんだ。彼女は結婚するまでこの家で僕たち双子の面倒を見ていてくれていた。母は料理しかできなくて他の家事を任せると家に住めなくなる。


 それを助けてくれていたのが叔母さんだ。科学者しか能のない父と料理しか能のない母の面倒を見てくれた彼女は、3年前に結婚して近所に住んでいる。


 家を出るまでに彼女は静葉に家事のほとんどを叩き込んでいったが、静葉としては主夫となってしまうのが厭なわけで、結局週に1、2回は叔母がやってきて掃除していく。


「似てないよ。それより父さんは?」

 何気なく言った言葉に、静葉は本日何度目かの後悔をした。おたまを持ったまま楽しげに振り返った母は笑顔だった。


「もうすぐ帰ってくるわよ」

 でも、目が笑っていない。その時静葉は、桜葉のさっきの笑顔と同じ恐怖を覚えた。


「えー・・・と、夕飯まだだよね? 風呂入ってくる」

 逃げるように部屋を後にした。おそらく帰ってくると電話があったのだろうが、ほぼ10日ぶりというぐらい久々だ。笑顔の理由はそれなのだろうが、戦慄の理由は一体なんなのか僕には見当もつかない。

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