【プロローグ:Nine Divines Quest】 ーその6ー
威勢のいい啖呵を切った“少年”は、フッと短く鋭い呼気を放った。
「いくぞ。ベタなセリフだが『歯ァ食いしばれ』と言っておいてやる」
その言葉を聞いても“エステル”は眉一つ動かさない。
“少年”はその顔を鋭く見据え、一瞬の脱力を挟んだのち、弾かれるように飛びかかった。
力強く大地を蹴り、その反発力は脚から腰、腰から肩、肩から上腕を経由して、一分の減衰もなく、その硬く握りしめた拳へと伝わった。
まさに“渾身”と言うべき一撃だった。
その一撃は確実に“エステル”の顔面を捉えた。まともに喰らえば、その嫋やかな面立ちを完全に破壊してしまうであろう、と思わせる一撃だった。
──水を打ったように、俄かに場が静まった。
その静寂を嫌うように、止まった時を動かすように、風が吹き始めた。
フッと口から漏れ出た呼気は、声にならない笑いか、安堵の吐息か。
伸び切る寸前で衝突した拳は、確実に相手の意識を刈り取っていた。
力を失い、倒れる身体を“腹部”に突き刺さった腕とは反対の腕で受け止め、そっと地面に下ろした。
「まさか、本当に“届かせる”とは、な──」
足下で倒れ伏す“少年”を見下ろした瞳には、先ほどまで浮かんでいたような怜悧さはなく、むしろ見る者に“温度”を感じさせるような、柔らかな色を湛えていた。
「やはり、“お前”でなくては──」
そう呟く“エステル”の顔に引かれた、一筋の赤い線。
届いていた。
僅かであっても、確実に届いていた。
「“神”を殺せるのは、いつだって“人”だけだ──」
“エステル”の顔に小さな笑みが浮かぶ。嬉しそうな、悲しそうな、そんな笑みだった。
徐々に強くなっていく風が、厚く空を覆っていた雲を払っていった。
滲むように漏れ出てくる陽光は、二人の姿を微かに、それでも確かに照らしていた──。