【プロローグ:Nine Divines Quest】 ーその2ー
呆然としていても何も始まらない。俺はとりあえず周囲の様子を探ることにした。内心の不安に引きづられた体は、いつもより少し動かすのが億劫に感じた。
瓦礫が散在する、崩れた廃墟。建物としての造りは、明らかに現代日本のものとは思えない、白い石造りの建物だった。造られてからそれなりに時間が経っていると思わせるには十分な崩れ方をしている。所々、草木の緑が建物の白を塗りつぶすように侵食していた。
「──なんだよ、これ」
俺の呟きは激しい雨音に打ち消された。
混乱と不安が俺の中でどんどん大きくなっていく。
何もわからない。状況を受け入れられない。
そんな感情を振り払うように、濡れそぼった学ランを脱ぎ捨て、拳で額を殴りつけた。
受け入れるしかないのだ。少なくとも、この状況は夢でも幻でもない。
手頃な瓦礫に腰を落ち着け、考え始めた。この状況を打開する方策を。
「待っていましたよ──“人間”」
思索に耽っていると、不意に声が聞こえた。高く、澄んだ声だった。
声の方に目を遣ると、いつの間にか“少女”が立っていた。背は低いがどことなく“荘厳”を思わせる雰囲気を纏った“少女”だった。
「貴方は“選ばれた”。だけど“授けられなかった”。でも、安心して──」
目の前に突然現れた“少女”が何やら話し始めた。何を言っているのか、さっぱりわからなかったが、今の俺には目の前に現れた“現地人”に聞きたいことが山ほどあった。
「そんなことより、何処だここは」
“少女”の言葉を遮り、俺は聞きたいことを率直に言った。“少女”の話を悠長に聞き続ける余裕は、今の俺には無かった。
「──安心して下さい。貴方の“旅路”はこのエステルが導きま──」
「あぁ?今は旅行の話なんざしてねえだろが。ここは何処だって聞いてんだよ。耳くそ詰まってんのか」
俺の質問に答えず、訳のわからないことを話し続ける“少女”に苛立った俺は、少し強い言葉で聞き直した。しかし“少女”はそれを気にも留めずに続けた。
「──貴方の“旅路”はこのエステルが導きましょう。さあ、手を取って──」
俺の混乱と不安は最高潮に達し──そしてキレた。
ただでさえ訳のわからない状況に置かれて混乱しているのに、やっと現れた“少女”は訳のわからない話を捲し立て、俺の質問に答えない。
「てめえ、人の話聞いてんのか、ああ?『ここは何処だ』って聞いてんだよ。てめえが何を言いてえのかは知らねえが、まず俺の質問に答えてからにしやがれ」
差し出された右手を軽く叩いて“拒絶”の意思表示をしながら、俺は低い声で“少女”に言った。
すると、それまで神秘的な雰囲気を纏っていた“少女”は案外打たれ弱かったようで、涙目になって、
「ふぇ、いや、その、貴方の“旅路”は……あた、このエステルが……その、導いて……」
語気を弱め、途切れ途切れながら、それでも健気に言葉を紡いでいた。
その涙声を聞いて、俺は「やってしまった」と思った。
……少し大人気なかった。混乱していたとはいえ、自分の苛立ちをただぶつけてしまった。“少女”にもなにか事情があったのかもしれない。
はあ、と大きく息を吐いた俺は、バツの悪さを感じつつ、
「……悪かったから、泣くなよ……聞いてやっから、な」
と謝りながら告げた。よくよく見れば、明らかに俺より年下の“少女”だ。そんな相手に、自分の苛立ちをぶつけても事態が好転する筈もない。俺は自分を殴りたくなった。
自己嫌悪に陥る俺をよそに、俺の謝罪を聞いて俄かに気力を取り戻した“少女”は鼻を啜って、目元を拭い、
「待っていましたよ──“人間”」
と、一番最初から演説をやり直し始めた。
俺は頭を抱えたくなった。目の前の“少女”には、どうやら「融通」というものは効かないらしい。
もう一つ、俺は大きな溜息を吐き、仕方なく“少女”の話を黙って聞き始めた。