【プロローグ:Nine Divines Quest】 ーその1ー
その日は珍しく、帰るのが遅くなった。
晩秋の日は、釣瓶落としなんて比ではないスピードで、静かに落ちる。音も無く、まるで電源を落としたように、世界を闇が飲み込んでいく。
学校からバス停までの間に、まばらに点在する街灯が、申し訳無さそうに道を照らしていた。頼りなく滲むオレンジ色は、秋の夜の寂しさを宿らせて、見るものに一抹の寂寥感を覚えさせる。
バス停に立つと、秋暮れの北風が強張った身体を更に責め立てる。その責苦に耐えながら、路線バスがやってくるのを待った。
しばらく待つと、ヘッドライトをこれ見よがしに光らせながら、バスがやってきた。
乗降口の自動ドアが開くと同時に、車内に飛び込む。暖房の効いた車内は、まばらながらも人が何人か乗っていた。街の中心地から離れる方面の路線のバスにしては、意外と乗客が多いな、と感じた。
俺はドアの近くの座席に腰を下ろした。
「次はー、霊仙寺ー霊仙寺ー。お降りの方はお知らせくださいー」
しばらくバスに揺られていると、間延びして気の抜けた運転手の案内が車内に響いた。誰も停車ボタンは押さなかった。
腰を落ち着けて、寒さに強張った身体が柔らかな暖かさに包まれている内に、俺は急激な眠気に襲われた。
──少しだけ、少し目を閉じるだけ。
そう心中で呟きながら、俺は微睡に落ちていった。
──
水滴が頬を伝う感覚に、不快を覚えて目が覚めた。瓦礫に囲まれた、廃墟の一角。強かに降る雨を破れた屋根は遮りきれておらず、落ちてきた雨垂れが頬を叩いたことで、俺は目覚めたようだった。
「──どこだ、ここは」
覚醒して間もない、蕩けた頭では状況が掴みきれなかった。家に帰る為のバスに乗っていた俺は、ほんの少し居眠りをしただけだったのはずだったのに。
知らず、雨粒に濡れた頬を思いっきりつねった。刺すような痛みが、確かに脳天まで貫いた。
「──夢じゃ、ねえのかよ」
言葉にしたところで、答えが返ってくるはずもなかった。
さっきまでバスにいた。暖かさに眠気を覚えて、少し目を閉じただけのはずだった。
なのに──目が覚めたら、こんな瓦礫の中?
蕩けていた脳が徐々に回転数を上げていくが、それでも理解が追いつかない。
誰かのイタズラ? 連れ去り?
──まさか、死んだ……?
夢ではないようだが、現実だとも思えなかった。
何もわからない。何もわからないが、ただひとつだけ確かなのは。
俺は、今ここに、ひとりでいるということ。
声にならない声が、喉から漏れた。笑っているのか、泣いているのか。
降る雨は次第に激しさを増していった。
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