【第一章:絶体絶“命令”都市】 ーその8ー
人、人、人、そして大歓声であった。
円形に配された観客席に、この“シルクドール”の住民たちがひしめいていた。
観客席が囲うのは、円形の闘技場であった。その全てが、その闘技場を見下ろすような高さに設えられている。
そこに押し込められた住民たちは、その目を虚空に漂わせながら、大歓声のようなものを送っている。
大歓声、とは言うものの、しかしその声はほとんど“音”だった。全ての声は、腹から出ているものではない。それでも、それが万も集まればそれなりの盛り上がりを演出できていた。
不意にその大音声がぴたりと止み、それまで虚空に泳いでいた住民たちの視線が、闘技場の中心に集まった。
その視線の先には、“絶対命令”がいた。彼は手に持ったマイクに向かって、大きな声で叫び込んだ。
「オォマエラァ!盛り上がってるかァー!」
その声は、場内に響き渡った。しかしその響きは、マイクを通してスピーカーから出力されたような、伸びやかな響きではなく、寧ろどこかくぐもったような、暗い響きで場内を満たした。
その理由は、“絶対命令”の発した音声が、全て観客の首に掛かったペンダントから出力されているからだった。
「今日の“配信”はスペシャルイベントだァ!主催はこのオレ様ァ──!」
そこで“絶対命令”は、一度大きく息を吸い込んだ。
「“オォーダァー”!オマエラァ!テンション上げてけェ!!」
その声が響いた瞬間、全場から怒号のような歓声が上がった。
“絶対命令”は両手を上げて、目を閉じ、恍惚としたような風情で、その歓声を一身に受けていた。
しばらくその状態が続いた後、手に持ったマイクを再び口元へと持っていき、
「それではァ!“挑戦者”の入場だァ!」
と叫んだ後、闘技場の東側にぽっかりと開いた入場口の方を腕で指し示した。
「この街で!このオレ様に逆らおうという不届者──否!勇気ある若者、即ち“勇者”となるのはァ、この男ォ!シィィィイロォォォオオオ!!」
その紹介が終わるや否や、観客たちの大歓声が一際大きく鳴り響き、暗い入場口の向こうから、一人の男が一歩ずつ、静かに歩いてきた。
「地下から出されて、何処に連れてこられるかと思ったら──」
一歩ずつ、踏みしめるようなゆっくりとした歩みは、全く悠然とした風情であり、その男の顔は不敵に笑んでいた。
「──ハッ、こんな中で“喧嘩”するのは、初めてだな」
“絶対命令”を鋭く見据えながら、ぼそりと呟いた男の声は、観客たちの歓声に巻かれて消えた。