【第一章:絶体絶“命令”都市】 ーその7-
──囚われてから、何日経ったのだろうか。
与えられる食事の時間もバラバラで、時間の感覚が随分と破壊されてしまった。
暗く湿った石造りの牢に囚われた俺は、ただ“絶対命令”を“ブン殴る”ことだけを考えてきた。
気を抜けば煮える頭を、理性という氷で冷ます作業。この牢に囚われてからずっと、それだけをして過ごしていた。
胡座をかいて、ちょうど煮えた頭が冷めた時に、カツカツと二つの足音が聞こえてきた。
「やァ〜、シ・ロ・クゥーン☆元気してたァ〜?」
目を上げると、今一番“ブン殴りたい”相手が目の前にいた。それも、“戦利品”を見せつけるかのように、エステルを隣に連れて。
「ごォめんねェ〜、遅くなっちゃってェ〜☆」
相変わらず人の神経を逆撫でする喋り方だったが、今の俺はそれを聞いて逆に安心していた。これなら“ブン殴る”のに、なんの遠慮もいらない。
俺が黙って睨み上げると、ヤツはわざとらしく怖がる仕草を見せ、
「いやァ〜ン、怖ァいなァ、シ・ロ・くん♡“人間”、笑顔がイチバン、だゾ!☆」
そんな、おちょくるような言葉を投げかけてきた。これでこそ、心置きなく、“ブン殴れる”、って……もんだ……。
「なんの用だよ──」
煮え滾る頭を理性で冷まし、なんとか絞り出した声は、少し震えていた。
その声を聞いたヤツは、大きな嗤い声を上げた。その声は暗い地下牢に反響し、俺の耳を甚振った。
一頻り嗤った後、ヤツはその嗤笑を収めて言った。
「アハァ──決まったよォ、シロくゥん……お前の、処刑がさァ」
「……そうかよ」
俺は務めてそっけなく返した。
するとヤツは、あらァ、連れないのネ、と気色悪い声を出し、そのまま言葉を続けた。
「まァ、聞きなよォ。言ったろ?『お前は最も残酷な方法で処刑してやる』ってさァ──」
ヤツのニヤけ面が、より一層歪んでいく。
「『最も残酷』をどう処理しようか、お前を捕まえてからの数日、悩んでたんだけどォ──」
「さっき決めたんだァ……お前の“命”を“娯楽”として消費してやるってさァ〜!」
『残酷』だろォ、とヤツは歪み切った顔面をさらに醜悪に歪めて、言った。
「てめえが悪趣味なのは、わかりきってたことだ──」
そう返すと、ヤツは嬉しそうに嗤って、
「アハァ──!よくわかってくれてるジャァ〜ン、シロくゥん……」
そう言い切った。どこまでも、下衆な野郎だ。
「明日だよォ……明日、シロくんの“処刑”を“配信”する──」
そう言い放った“絶対命令”は、大仰な身振り手振りで言葉を続けた。
「俺さァ、多分人生でイチバン頑張ったんだぜェ……?この“配信”の為のジュンビをさァ──」
「だからさァ……シロくんも頼むぜェ……?」
「そう簡単に……“死んで”くれるなよ──?」
そこまで言うと、ヤツは一際大きく高笑いをした。
……こいつはムカつく野郎だが、俺にはもう一人、ムカつくやつがいた。
「──おい、エステル」
俺は笑い始めた“絶対命令”を無視して、隣にいるエステルに話しかけた。
「──俺はお前のことは、そんなに深くは知らねえ。だがな、曲がりなりにも一度拳を交えて、わかったこともある──」
「お前には“芯”がある──このままでは終わらねえと……信じてるぜ」
エステルはなんの反応も示さなかった。その様子を見て“絶対命令”はまた大きく笑い、
「ムダだよォ……?エステルちゃんはもう、俺の“オトモダチ”だもんねェ〜☆」
そう言い捨てた。だが、俺はそれを無視してエステルの方を見続けた。
“絶対命令”はその様子に、見るからに不機嫌になり、舌打ちと共に去っていった。
「へっ──一発は、入れられたか」
一人残された俺は、小さな満足感を抱えて、少し笑った。