【第一章:絶体絶“命令”都市】 ーその3ー
「おい、エステル……この街……ヤバそうだな」
街に入って歩きながら、声を落としてエステルに話しかけた。
「これが『命令神:“絶対命令”の支配する都市』の現在です」
何となく想像してはいたが、こんなにヤバいとは思っていなかった。
道ですれ違う住人らしき人たちも、表面上は至って普通に見えるが、よくよく見ると目に光がない。
何より異質なのは、人通りの多いメインストリートのようなのに“人が人を避ける仕草”を全くしていないことだった。まるで、全てが予め決められているかのような動き方をしている。住人たちの首元には、俺たちが門衛に渡されたペンダントがぶら下がっていた。
露店で買い物をする若い女。
道の脇で世間話をする老人たち。
木の板に金槌を打ち付ける中年の男。
その全てに“人”としての“息遣い”がなかった。
女は商品を選んでいるように見えて、手元を見ていない。
老人たちの世間話は、よくよく聞くと話が噛み合っていない。
男の打ち付ける金槌の先には釘が刺さっていなかった。
「気味が悪りいなんてもんじゃねえぞ……」
俺が街の不気味さに圧倒されていると、エステルが話しかけてきた。
「命令神:“絶対命令”が来てからというもの、この街の“尊厳”はすべて奪われました……住人はもちろん、訪れた旅人たちでさえ、今はこの街の“システム”の一部です」
沈痛な面持ちのエステルは続ける。
「だからこそシロさん、貴方にはこの街の“神”を『殺し』てほしい」
『殺せ』ときたか。初めの説明だと『止めろ』って話だと思っていたが、これじゃタチの悪い詐欺広告みたいだ。
だが、一度やると言ってしまった以上、「話が違う」と放り出すのも据わりが悪いと感じた。
「腐っても『同郷』の“人間”だ……命まで奪うつもりはねえ……だが、『止める』までなら、やってやるよ」
「……構いません、それで」
小さく、しかし強く、エステルはそう言った。その声音には、どこか悲しみが滲んでいるような気がした。
「では……とりあえず宿をとりましょう!」
それまでの重く沈んだ声とは打って変わって、いつもの能天気な声音でエステルは声を上げた。
少しだけ面食らったが、その“空元気”が、今は少しだけありがたく思えた。