【第一章:絶体絶“命令”都市】 ーその2ー
「ここはシルクドール。命令神:“絶対命令”様が治める都市だ」
エステルと共に“シルクドール”の城門に着いた所で、門衛にそう言われた。
門衛は髭を蓄えた屈強な男で、声もそれに見合った低く頑強さを感じさせるものだったが、どこか虚ろというか──まるで自動音声のような響きを含んだ声に聞こえた。
「入市するなら、一人頭銀貨二枚だ。これは老若男女関係なく、全員だ」
街に入るだけで金を取るのか──俺は、当然ながらこの世界の金なんか持ってない。
「おい、エステル。俺は金なんか持ってねーぞ」
俺は肘でエステルの腕を小突きながら、耳元に囁いた。するとエステルは頓狂な声を挙げて飛び上がった。
「ちょっ、シロさん!やめてくださいよ!耳はくすぐったいんですから──」
あたふたと声を張り上げて抗議するエステルを見て、しかし門衛は何一つ変わらない様子で、
「入市するなら、一人頭銀貨二枚だ。これは老若男女関係なく、全員だ」
と感情の消えた声で繰り返していた。
「こいつは──」
一発でわかった。わかってしまった。明らかに異常だ。入市の手続きでおかしなことが起こるのはよくあって慣れているのかもしれないが、それにしたって“怪訝”な顔一つせず、一言一句同じ文言を繰り返すのは、どう考えても異常だった。
「おい、エステル──」
懐をまさぐって財布を探しているエステルに向けて、声を掛けた。が、エステルは財布探しに夢中になっていて、聞こえていないようだった。
俺は溜息をついて、エステルの財布探しを待つことにした。ごそごそと上着からスカート、果ては靴下の中にまで指を這わして探しているようだが、どうやら出てこないらしい。
一通り探し終えた後、青くなった顔をこちらに向けて、
「シ、シロさぁん──」
と、助けを求めるような涙声で縋ってきた。
一部始終を見ていた俺は、気になったことを一つ、エステルに伝えた。
「──その首に掛けてる袋はなんだ?」
その声を聞くや否や、エステルは手を首元にやり、
「あ、ありましたぁー!」
と歓喜の雄叫びをあげた。
……まぁ言いたいことはあるが、俺はグッと堪えた。金を持ってない俺は、入市税を出してもらうしかないのだから。なんなら、滞在費も出してもらうのだから。
──これは立派なヒモなのでは?
そんな疑問は心の虚数空間へと投げ捨てた。
エステルがいそいそと入市税を払うと、門衛はペンダントのようなものを二つ、貼り付けられたような笑顔で差し出してきた。
「ようこそ、シルクドールへ!このペンダントは入市証のようなものです。この都市にいる間は付けたままにしておいてください。良い一日を」
その笑顔は本当に不気味だった。目が笑ってない、とかではない。ただ口角が釣り上がっていただけの、本当の意味での“作り笑い”だった。