第8話:両刃の儀
(りょうばのぎってなんぞいや)
ワイはその得体の知れないものに若干の不安を覚える。
「あのぉ…」
「なんじゃ、ナンジェーミン殿」
「りょうばのぎってなんすか」
老婆は目を丸くする。
「そういえばお前さんここの者じゃないから知らなかったの」
「マジでなんのことだか」
「両刃の儀っていうのはの、男と男がタイマンで殴り合いをする決闘のことじゃ」
それを聞いたワイ、思わず絶句する。
(おい、ちょっと待てや。殴り合い?決闘?なんかの冗談か?)
「えっと…誰と誰が…?」
老婆は呆れたように答える。
「それはもうこやつとお前さんじゃよ」
(えええええええええええええ!?)
「えぇぇええええええええええ!?」
「なんじゃいきなり叫びおって。うるさいのぉ」
「ちょっと待てや!なんでワイがそんなことせなあかんねん!」
思わず素で喋ってしまうワイ。
「この村の決まり事、掟みたいなもんじゃ。両刃の儀を挑まれた者は断ることは許されないんじゃ。わかってくれたかの」
「いやいや!そんなことわかるかい!」
ワイは思わずツッコミを入れる。
そんな中そのやりとりを聞いていた青年が口を開く。
「おいナンジェーミン、まさか逃げるのか?」
悲報、なんj民煽られる。
(こ、こいつぅ…!)
ワイは拳を強く握りしめる。
(いや待て、なんjで煽り耐性を上げていてよかった。危うく乗ってしまうところやったわ。危ない危ない)
ワイは自分を落ち着かせるために深呼吸をする。
「ワイが逃げるわけないやろがい!!!!」
(あ…)
口が滑った。
「そうこなくちゃ。何度も言うけど逃げんなよ」
(やってしもたあああああああ)
後悔先に立たずである。
「に、逃げへんわ!吠えずらかかしたるで!」
乗ってしまったものは仕方ない。諦めてワイも負けじと煽り返す。
「ああ、受けて立つさ!正々堂々勝負だ!」
あまりにも清々しい青年。さっきの煽りが嘘のような爽やかさだ。
あまりの爽やかさにワイの陰キャ魂が揺さぶられそうになる。
「ち、ちきしょぅ…」
もう逃げられなくなりワイは悔し涙を流す。
「よし、お前さんたち、そうと決まれば村の大広間に来るんじゃ。これは見ものじゃぞぉ」
ワイの落胆をよそに老婆はなぜかウッキウキである。
諦めたワイは渋々老婆についていくように歩き出す。
(なんで、なんでこないなことになってもうたんや)
後悔しても遅い。乗ってしまったのは他ならぬワイなのだから。
それにしてもこの青年、そんなにジュラのことが好きだとは思わなかった。
まだここに来て3、4時間くらいしか経過していないが、そこまで目を奪われたのであろう。一目惚れというやつか。たしかにジュラは幼いながらもとんでもなく美しい容姿をしている。惚れても不思議ではない。
ワイもおにゃにょことは付き合ったことすらない童貞だから危うく惚れちまいそうだ。今までおにゃにょこから徹底的に嫌われてきたせいでそうはならなかったが。
この青年は見た目は爽やかだからそこまで嫌われてこなかったのだろう。実に羨ましい。
現実とは残酷である。
仮に負けたらどうなるのだろう?そういえば何も勝敗後の取り決めをしていない。
おおかたワイが負けた場合の要求はジュラと接触するなだと思われるが。
ワイが勝った場合は…。
(屈辱的な要求をしてやろうクックック)
このいけ好かない爽やか男を羞恥の色で染めてやるぜ。
モチベーションを上げないとこの理不尽な決闘を楽しむことはできない。
ここはお互い負けたら1番痛い思いをするのが妥当である。
そうと決まれば少し楽しみになってきた。
痛い思いをするのは嫌だがジュラの耳をお触りできなくなる方が嫌だ。
ここはきっちり勝って男を魅せてやるぜ。
とか考えている間に大広間まできたようだ。
案外開けてて広い。大広間とはよく言ったものだ。
大広間はすでに人だかりができていて全体を照らすように火が焚いてある。
なんかキャンプファイアーみたいだ。
大広間の真ん中にはキンニクンがいて、ワイらを見ると大声で何かを言い始めた。
「えー皆様お集まりいただき誠にありがとうございます。ただいまより約30年ぶりとなる両刃の儀を始めさせていただきます。本日戦う二人はこちら。ウェルグリッドの三男坊、ダルアー・ウェルグリッド!」
「ダルアー負けるんじゃねーぞ!」
「男を魅せろダルアー!」
「お兄ちゃん頑張ってー!」
周りの群衆もノリノリである。
(なんで祭りみたいになっとんねん)
「対するはこちら、突如現れた超新星見た目は化け物、中身は普通、竜殺しの英雄、ナンジェーミン!」
「いけー竜殺し!」
「きゃー素敵ー!」
「化け物負けんなよ!」
「化け物の皮剥いでやれー!」
「そうだよ(便乗)」
酷い言われようである。
そういえばジュラが見当たらないようだ。
どこに行ったのだろうか。
まぁこんな茶番を見られるよりはマシである。
(やれやれ…しゃーない行くか)
ウェルグリッドとワイは大広間の中央に歩いていく。そして中央に辿り着くとワイらは向かい合った。
なんだろう。すごく非現実的で心臓の鼓動が早い。
これが緊張というやつだろうか。ここにきてから緊張しっぱなしだったから自覚していなかった。
「えー役者が揃いましたので両刃の儀のルールを説明します。今私が持っているこの両サイドに刃がある短剣をお互いが握り、自分の拳のみで殴りあっていただきます。短剣から手を離した方の負けになります」
ワイはキンニクンが持っている両刃の短剣を見て絶句した。
(え?これを握る?冗談か?絶対手のひらえらいことになるやんけ)
「なお、魔法、武器、足、頭突き、体当たり等の使用は禁止といたします。己の拳のみで勝利を掴み取ってください。それでは両刃を握ってください」
キンニクンは両刃をワイとウェルグリッドの前に差し出す。
衝撃すぎてフリーズするワイに対してウェルグリッドは躊躇することなく刃を右手の指で摘むように掴んだ。
(両刃の儀ってそういうことかいな。なかなかエグい決闘方法を思いついたもんやな)
だが、ウェルグリッドは刃を摘んだ。
そりゃそうだ。あんなもの掴んだから手のひらがズタズタになってしまう。
(流石につまみますよね…)
ワイはそれに倣うように左手で摘む。
そこでワイに一つの疑問が浮かんだ。
(あれ?こいつは右手…?)
どういうことだろうか。普通利き手なら右手ではなく左手で摘み、ワイとこいつの手がクロスする形になるはずである。だがこいつは右手で摘んだ。
ということは…。
(こいつ、サウスポーかよ!)
左利きとは予想外である。
お互いが右利きならお互いの前で剣がある形になり無理な踏み込みをすれば剣が自分に当たり、怪我をしてしまう恐れがある。だがお互い利き手が別々なら話は別だ。剣がお互いのサイドを取る形になりお互いの目の前がガラ空きのフリーである。つまり多少無理しても剣の刃が当たらず思い切り拳を叩き込むことができる。
これはあまりにも危険だ。
(ま、まずいンゴ…ワイ下手したら死ぬかも)
「グエー死んだンゴ」となる姿を想像したワイは思わずブルリと震える。
「怖気付いたかナンジェーミン」
ウェルグリッドはワイを挑発する。
「ふっ、武者震いや!その綺麗な面、ぐちゃぐちゃにしたるさかいな!」
ワイも負けじと噛みつくが、内心はおしっこちびりそうで怖くて仕方がない。
「お前が負けたらジュラさんと今後一切関わらないと誓え」
ウェルグリッドはワイに負けた場合の要求をする。
やはり予想通りの要求だ。
「ええで。じゃあお前が負けたら全裸で白目剥いてブリッジしろ!」
ワイも勝った場合の要求をする。
「え?全裸…?白目…?ブリッジ…?」
ワイの要求が理解できなかったのかウェルグリッドは困惑した表情を浮かべる。
「汚ねぇぞナンジェーミン!」
「そうだそうだ!」
「変態め!」
「最低!」
野次馬から野次が次々と飛んでくる。
「うるせえ!ワイは決めたもんね!これは男と男の決闘や!口挟むんじゃねぇ!」
ワイは野次馬に対抗してでかい声で威嚇する。
「わかった受けいれよう。これで決まりだ」
ウェルグリッドは引きつった顔で平静を装いながら答える。
明らかに眉がピクピクしているから動揺していそうである。
ワイはあと一つ疑問があるのでキンニクンに問いかける。
「キンニクンさん」
「なんでしょう、ナンジェーミン様」
「この刃って離さなければ手を持ち替えていいんすか?」
キンニクンは一瞬間をあけて答える。
「ええ、もちろんです。ただし、左手が離れた状態になった瞬間失格となります。刃を持ち替える際は必ず左手で持った状態をキープし、右手で刃を持ってから左手を離してください」
(おーけーおーけー。ルールはわかった)
ワイはうんうんと頷く。
そんなワイを見てウェルグリッドは呆れた顔で口を開く。
「お前、殴り合ってる最中に手を交換できると思っているのか?」
もちろんワイもそんなことできるとは到底思えない。しかし、ルールはしっかり聞いておかないといつどこで役に立つかわからないものだ。情報はしっかり収集しておかないと。ゲームの基本である。
「んなことわかっとるわい!さぁワイはやるでぇ!」
キンニクンはワイとウェルグリッド交互に見やり、頷いて開始の合図をする。
「それでは始めてください!」
群衆のボルテージが一気に上がる。
キンニクンの開始の声と共にワイは右手を高く上げて顔の前をガードした。
貧弱なワイのハンドスピードでは先手はとれないと思ったからだ。
先制攻撃される可能性が高いので一番理にかなった戦法である。それに加えて狙いはもう一つある。先制攻撃を譲ってあげる代わりにワイはその後手、カウンターを狙う作戦だ。来るとわかっている攻撃はくらってもある程度耐えられるが、来ると想定していない攻撃の方がはるかにダメージがでかいからだ。
この勝負、殴り合ったことがないワイが圧倒的に不利。ならば、たとえ少ししか当てられなくても一発で終わらせる可能性にかけるしかない。
しかし、ワイの予想は半分当たっていたが半分外れていた。
ウェルグリッドは刃を摘まんでいる指に力を込めて、自分側に思いっきり引っ張ったのだ。
ワイはその勢いにつられて前のめりになってしまいバランスを崩してしまう。
(しまっ…)
「おらぁ!!!!!」
刹那、ワイの右腕越しにとてつもない衝撃が走る。
ウェルグリッドはワイを引き付けて渾身の左ストレートを放ってきたのだ。
「グエー!!!」
ワイはその衝撃を感じながらも左手だけは離すまいと強く摘まみ続ける。
衝撃を殺しきれなくてワイの鼻から鼻血がどろりと流れ出た。
何とか耐えたがウェルグリッドはすでに行動を次に移していた。
(や、やばい)
ウェルグリッドは打ち込んだ左腕を瞬時に引き戻し今度は右足を前に突き出してワイの左足の外側を位置取り、距離を詰める。
「ふんっ」
引き戻した左腕をワイの右わき腹めがけて打ち込んでくる。
ワイはとっさに右のガードを下げてわき腹を守る。
ドゴッという音とともに間一髪で左手を右ひじで受け止めた。
わずか数秒のやりとりだがワイの右手と右ひじが真っ赤に腫れ上がる。
「い、痛いンゴおおおおおおおおおお!」
ワイは絶叫しながら左ボディのカウンターに右ストレートを顔面目掛けて放つ。
しかしそれは読まれていたようで左手でパーリングされてスカされてしまった。
勢いをそらされて体勢を崩したワイに今度はウェルグリッドがカウンターをしかける。
またも左腕を引き戻し、弧を描くように左腕をぶん回した。
(くらったらヤバイ!)
ワイは危険を感じて崩れた態勢の中右肩を限界まで上げて顔面への直撃をいなす。
しかしショルダーロールはなんとか成功したものの半分しかいなせずにワイのテンプル付近を掠めた。
掠っただけのように思えたがワイの頭が大きく揺れて意識が飛びかける。
「グエー!!!!」
ワイは情けない声を上げてよろめいてしまう。だが何とか意識を集中し、左手の刃を離さないように心がける。
直撃していたらジエンドだっただろう。
不幸中の幸いである。
だが、ウェルグリッドはここでは止まらない。
勝機と見るや否や左アッパーをワイの顎に叩き込んでくる。
「ぬんっ!!!!」
その攻撃を読んでいなかったワイはものの見事にクリーンヒットを許してしまった。
パキャっと何か割れるような音が脳内に響き渡る。
「グエッ!!!!」
ワイはまたも意識が飛びかけて一瞬走馬灯が見える寸前まで追いつ詰められる。
(あ、あかん。戦いの経験値が違いすぎる)
ワイはあまりの練度の差に愕然とする。
レベルが違いすぎるのだ。
口の中に血の味が充満してあまりに不快だ。
顎も折れたかもしれない。
だが、これをウェルグリッドが許すはずがない。
(あかん。次が来てまう!次貰ったら終わりや!)
ワイはなんとか意識を奮い立たせて次の衝撃に備えて右腕で自分の顎を守る。
視界の端に左手をぶん回すウェルグリッドが映っていた。
(アッパーやなくてフックかいな!こいつうますぎるやろ!)
思わず感嘆してしまうがここで何度も同じ手を食らうワイではない。
ワイはここで一発逆転のカウンターを当てるべくガードしていた右手を下げる。
もはや守ることすらしない文字通りノーガードだ。
そしてその左フック受けるのではなく拳が当たる直前でダッキングで頭を下げて何とか躱した。
その間隙をついてフリーになった右手で刃を掴んだ。
速やかに左手を離し、右足を大きく踏み込む。
瞬間的なサウスポースタイルである。
「何っ!?」
ウェルグリッドはワイがダッキングをしたことでつんのめり、無理やり体を後ろに引こうとするがワイが刃を力強く掴んで引っ張ったため態勢が大きく前傾する。
右手に刃で切り裂かれる痛みが走るがもう構っていられない。ここで生きるか死ぬかである。
ワイは左腕を大きく引き、右手で掴んだ刃の反動を使って頭を下げた姿勢で思いっきりウェルグリッドの顔面目掛けて振りぬいた。
「ジュラはワイのもんやああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
雄たけびとともに振りぬいた左拳はウェルグリッドの顔面のど真ん中を完璧にとらえてぶっ刺さる。
左手にすさまじい衝撃を感じたがアドレナリンが出ているため、ワイは躊躇することはなかった。
ウェルグリッドは鼻血をまき散らして足と手をピンと伸ばしたような形になり後ろへぶっ倒れ、ビクンビクン痙攣しながら手足をばたつかせる。
そしてワイは一瞬間をあけた後に自分が勝ったことに気づいた。
(や、やったんか!?)
ワイは目をキョロキョロさせて周囲をうかがう。
見ると刃を掴んでいるのはワイだけで、ウェルグリッドは地面で失神していた。
カウンター作戦、見事大成功である。
「や、やった…やったぞおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
ワイは思わず勝利の雄たけびを上げる。
周りのやじ馬もそれに呼応するように騒ぎ出す。
「ナンジェーミン!ナンジェーミン!」
「きゃあああああ!素敵いいいいい!」
「やべぇえええええ!!!」
「ダルアー!!!!!!」
「おにいちゃああああああん!」
「起きろおおおおおおおおお!!!!!」
「すげぇぜ竜殺し!!!」
「こいつぁたまげたなぁ」
キンニクンも驚いたような顔をしてからうんと頷き、勝者を告げた。
「両刃の儀、勝者はなんと!ナンジェーミン!!!!!」
どうも作者のカミト改です。
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