第2話:【悲報】勘違いされた件
「ナンジェーミン様万歳!ナンジェーミン様万歳!」
「なんかまずいことになっとるがな」
突如巻き起こったワイを絶賛する声がワイの耳の中にいるへなちょこ鼓膜を刺激する。
確かにドラゴンに喧嘩を売ったが、なんか知らない間にドラゴンが死んでしまったせいでとんでもない勘違いが起きてる気がする。
(ま、まずいンゴね。ワイなんもしとらんのに…)
そんなことを考えている間に獣人たちがこちらに駆け寄ってくるではありませんか。
(や、やばい。なんとか誤解を解かないと)
ワイは急いで立ちあがろうとするが腰が抜けて立ち上がることができない。なんとも情けない姿だ。
ずっと椅子に座ってpc触りながら引きこもっていたのが災いしたか。ピザ豚の因果応報である。
獣人たちはワイの周囲1メートルのところで停止してワイを覗き見る。
(なんか…気まずいンゴね)
「ナンジェーミン様!」
獣人の中でも一際歳をとった者がワイを呼んだ。
きっと村長と呼ばれていた者だろう。
ワイは陰キャなので大した返事ができない。
「は、はい…なんでしょう」
「この度は我らを助けていただき誠にありがとうございます。我らも何が起きたのかさっぱり見当もつきませんが、ナンジェーミン様の偉大なるお力で救ってくださったのでしょう。なんと感謝を申し上げたらよいか…は!この体勢のままではいけません。君たち、ナンジェーミン様を起こして差し上げなさい」
村長は何やら喋ったあと若い者たちにワイを起き上がらせるように指示を出す。
駆け寄ってきた若者たちがワイの腕と肩を取り起き上がらせようとするが、ワイの腰が抜けてしまったせいで自力で起き上がることができずそのまま倒れてしまう。
「その…申し訳ないのですが…こ、腰が抜けてしまいまして…その、支えてくれるとありがたいのですが…」
ワイは情けなく懇願する。
「それは申し訳ございません!そこまで力を消耗しておられたとはつゆ知らず!君たちすまないが私の家にナンジェーミン様を運んでくれ!」
「わ、わかりました!」
「おまかせを!」
周りにいた獣人たちは口を揃えて快諾し、ワイの四肢を掴んで4人がかりで神輿のように担ぐ。
(恥ずいンゴね)
獣人たちはエッホエッホとミームのような掛け声を上げながらワイを村長の家に運ぶのであった。
村長の家に着いたワイは腰がある程度回復したので自力で動けるようになっていた。
運んでくれた若者たちにお礼を言い、村長自ら家の中に招き入れてくれたのでありがたく入ることにした。
案内されたワイは質素な椅子に腰掛ける。
「ナンジェーミン様、少々お待ちください。今何か飲み物をご用意いたしますので」
ワイは咄嗟にいらないと言おうと思ったが、村長は慌ただしく奥の部屋に消えていく。
なんか勘違いされてるらしいので早く誤解を解きたいワイは妙にソワソワする。
だが冷静に考えてみると勘違いされたままの方がいい気がした。
ワイは今見知らぬ土地に身一つで放り出されて訳もわからずこんなところまで来てしまったが、人がいるならひとまず死ぬ心配はないと言える。
それに加えて、厚遇してもらえるようなら願ったり叶ったりである。
バレた時のリスクはデカそうだが今は話を合わせてしまった方が今後のためにいいのかもしれない。
しかし…陰キャコミュ障ワイはそんな腹芸は得意ではない。もういっそのこと全部偶然だと打ち明けて楽になって放り出されてしまった方がいい気がする。
(さて…どうしたものか…)
「ナンジェーミン様、待たせしました。ささ、お飲みください」
「あ、ありがとうございます…」
ワイは村長から出された飲み物を受け取り、蚊の鳴くような声で「いただきます」と言った。
受け取った飲み物はほのかに温かく、紅茶のような香りがする一方、白濁しておりかすかに乳のような香りもする。
(ミルクティーみたいなもんか)
異世界で初めて口にする飲み物がミルクティーとはなんとも安心だ。
ゲテモノでも出された日には三途の川が見えかねない。
ワイはコップに口をつけて少しだけ啜る。
(甘く…ない?それに…かすかに塩気がある)
これはバター茶か。
飲んだことはないが紅茶にバターを溶かしたものだということはわかる。
かすかに感じる塩気はバターによるものだ。
舌触りのいい乳脂肪分を感じるが、紅茶特有の主張も負けてない。なんとも絶妙なコンビネーションだ。
「お口に合いましたかな」
ワイはハッとして顔を上げる。
(危ない危ない…食レポに夢中で我を忘れていたンゴ)
「はい、大変おいしいです」
「それはようございました」
村長はテーブル越しに向かいの椅子にかけて改めて口を開く。
「ナンジェーミン様、この度は重ねてお礼を申し上げます」
村長は深々と頭を下げる。
「そんな、よしてくださいよ。俺、何もしてません!」
ワイは村長の恐縮した態度に耐えきれなくなり本音をぶちまける。やはりこの方がいい気がする。
「何をおっしゃいますナンジェーミン様。ご謙遜を」
村長はどうやら聞き入れてくれないようだ。
「いや本当なんです!気づいたらあいつが勝手に倒れてて」
ワイはあたふたしながら必死に弁明する。
「ナンジェーミン様、いかに学のない私でもドラゴンの恐ろしさは身に染みてわかっております。ナンジェーミン様がなぜそのようにおっしゃられるのかわかりかねますが、何か理由があってのことでしょう」
(あ、あかんこの人…完全にワイがドラゴン倒したと思っとる…)
「ほ、本当なんですけどねぇ…」
「あくまで偶然ドラゴンが急死したなどとおっしゃられるのおつもりのようですね。それは困りましたな。どうやら謙虚すぎるお方のようだ。はっはっは」
(あかん。完全に誤解しとる。ドラゴンがそんなやべぇ存在だと思わなかったンゴね)
「では、ナンジェーミン様、こうしましょう」
村長が話を切り替えて提案してくる。
「な、なんでしょう」
ワイはもう諦めて乗っかることにした。
「何かお望みがあれば何なりとお申し付けください。正直貧しい村であるゆえナンジェーミン様にお出しする物は限られておりますが…」
(なるほど…金銭か物で解決する感じか…これで手打ちにしてもらおうとするところはなかなか抜け目がない。この爺さん物腰低そうなわりにかなり考えてるな)
だが正直今これと言って欲しいものはない。強いていうなら急務なのは身の安全と生きていけるだけの金の確保、そしてこの世界の情報だ。3番目が1番重要であるがこの世界に飛ばされてきたなんて言うと混乱してしまうだろうし、ここがどこであるかわからない以上迂闊にこちらの身元を話すのは得策ではない。うまくこの世界の情報を引き出す糸口に誘導しなければ。
「じ、実は俺記憶を失ってまして、なぜか大半の記憶を失ってしまったんです。なので、ここがどこだが皆目見当もつかないのですが、ここは一体どこかお教えいただけないでしょうか」
「そうだったのですか。それはお気の毒に。通りで見慣れない人種の方だと思っていたのです。黄人族の方ははるか西方の大陸に多く住んでいると聞きましたがそこからお越しになられたのですか?」
(なんかすんなり通ったンゴ。このまま話を合わせるか)
「それが…それもわからないのです。気づいたらここに居て」
「左様でございますか。ではまずは地図を取ってまいります。古い地図ですがナンジェーミン様のお役には立てるかと。では少々お待ちください」
そう言うと村長は再び席を外す。
ワイは緊張で震えた手をホッと撫で下ろした。
それにしてもとくに害意はないように思える。それどころか強張った丁寧な口調を崩さないのはまだワイを警戒している証拠だ。
ワイがドラゴンを倒したという誤解を信じてしまっているためか、ワイがドラゴンを倒せる力を持っているという事にすり替えているのだ。
そりゃそうだ。目の前にドラゴンを上回る力の持ち主がいたら機嫌を損ねないように取り計らい、最小の被害で切り抜けるのが得策である。
それにしてもこの村長という人物はかなり頭はいいようだが、話を自己完結させてしまうタイプのようだ。
(信じてもらえないのは悲しいけどね!)
「お待たせいたしましたナンジェーミン様。ささ、ご覧ください」
村長は手に持った古びた地図を俺に手渡す。見たところ相当年季が入った地図のようだ。
「もう30年前の地図になるため周辺地域はかなり変わっていると思われます。焔竜ンゴンゴがこの地域に来たのがおよそ10年前のためその間に幾つかの村落が壊滅しております。なので質問があれば私が説明いたしますのでご容赦ください」
(なるほど。今そんな状態になっとるんか。とりあえず開いてみーひんとなんもわからん)
ワイは地図を縛っている紐を解き確認する。
(なんだ…これは…!)
ワイは驚愕する。
そこに描かれていたのはワイが住んでいた世界の大陸が描かれたものとは全く異なる地図だったからだ。
そこに描かれていたものはどデカい大陸と山脈と河川及び周辺国家の情報だ。
書いてある文字は全く読めない上にこの文字も見たことがない。
象形文字と漢字を組み合わせたような感じの文字でなんとも独特だ。
線で区切ってあるところは国境か。
河川と山脈は大きなもののみ記載してありなんとも抽象的である。
それに見たところこの地図はこの地域の地図だ。世界地図ではない。
まぁそれはなんとなく予想はしていたが。
ワイが目を見開いて地図を凝視していると村長が口を開いて補足を始めた。
「今私たちがいるのがこの国、エンテルエンウです。この国の南東に位置するユックリレーム辺境伯領の端の端、10年前は8ほどの村々がありましたが件の竜王のせいで5つに減りました。5つあるうちの1つが我が村ダゼ村です。ナンジェーミン様は今この位置におられます」
(なるほど。実に簡潔な説明やな。自分のおおよその位置はわかったけど、まだ情報は全てではないな)
「他に何か聞きたいことはございますか」
(察しが良くて助かるね)
「そうですね。ここの人たちはみんなそのような見た目をしているのでしょうか」
ワイは疑問を聞いてみる。仮にここが獣人たちの国だとしても同じ動物的特徴を持った種族が一枚岩で国を運営しているとは限らないからだ。
「おや、獣人族を見たのは初めてでございますか」
もっともすぎる質問で。獣人族どころか何もかもが初見でございます。
「は、はい。何も知らずお恥ずかしい限りです」
「いえいえ、そんなことはありません。他種族にとっては未知の存在でしょう。なんならナンジェーミン様のような黄人族の方を見るのは私も初めてでございます」
(そうか。はるか西方にワイと同じ肌の色の特徴を持った種族がいるって言っとったもんな。そう言われるとちょっと気になってまうな。ずっとここにいてもワイの存在は浮くやろうし、なるべくワイと近い種族のいる都市まで移動したいものだね)
「さて、話が脱線してしまいましたな。質問にお答えいたします。ここユックリレーム辺境伯領は獣人の中でも猫の特徴を持った描人族が大半を占めております。また、近辺の村5つも全て描人族になります」
そして村長は地図に指した指を北の方角へ移動させて説明を続ける。
「ダゼ村を北上すると、ナノダ村に突き当たり、さらに北上するとユックリレーム辺境伯様がお住まいになられているズンダモッティという都市があります」
(ふむふむ)
「そしてズンダモッティから北東方向へ向かい、リュウタロ山地を越えると交易都市メテンがあり、メテンからさらに北上すると王都ステップセーボーにたどり着きます」
(となるとここはエンテルエンウの中央都市からかなり離れた南東国境付近ということやな。通りで田舎も田舎なわけや。ドラゴンが王都を狙わなかったのは人口が多くて自身にも危害が及ぶことを恐れて保険をかけた結果ということか)
ドラゴンも考えているらしい。だが、村長の意見も聞いてみた方がいいかもしれない。ドラゴンがどのような存在なのかワイもあんまりピンときていないし。
「ドラゴンはなぜ王都を狙わなかったのでしょうか。竜王であれば王都どころかこの国ですら余裕で征服できたのでは」
村長は何を言ってるんだこいつはと少し呆れたような表情を見せる。
(ドラゴン倒したお前が言うな的な感じで草も生えへんな…)
「確かに焔竜ンゴンゴなら可能だったでしょうな。しかしドラゴンも一枚岩ではないのです。エンテルエンウの上にはドラゴンが統治する国、ドラシール竜王国があります。あくまで伝聞で聞いたのですがそこの国王、腐敗竜フジョーシ=ヤオイは同じ竜王で竜の魔法を行使できると聞いております。竜王の格でいえば焔竜ンゴンゴの方が圧倒的に上なのですが、同じもの同士で争うのを嫌がり避けた結果、手を出すなら南方に位置するここだと決めていたのでしょう」
「なるほどそういうことだったのですね」
平静を装い頷いてみせるが、聞いたことない単語と情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。
(とりあえずンゴンゴがここを狙った理由はわかったんやが、腐敗竜ってなんやねん。もう名前からヤバい。しかもどらごんずまじっくってなんや?魔法の類なんかな。もし魔法だったらもうここはワイのいた世界じゃないやん。しかもンゴンゴとかいう変な名前のドラゴンはこの国くらい簡単に滅ぼせたんか。そんなドラゴンの前にワイは…)
あの時死んでないのが奇跡である。
「あくまで私の推測ですがね」
(そっすか…)
まぁ概ね合っているのであろう。
「ところでどらごんずまじっくってなんですか」
「おや、ナンジェーミン様なら知っていると思っていたのですが」
「いや全く…」
「ふむ、ンゴンゴがナンジェーミン様に使った魔法が竜の魔法だと思われます。ですがナンジェーミン様に触れた瞬間掻き消えたように見えました。あれは一体何をなされたのでしょうか」
(何をしたも何も…何もしてへんがな。あと魔法とか言ったな。こりゃもう完全に異世界ですわ)
「えと本当に俺何もしてません…」
村長は怪訝な顔をする。
「竜の魔法はドラゴンの中でも竜王の称号を持つものだけが使える特別な魔法です。私たち人族が使う魔法とは全くの別物で一度使われたら最後、防ぐ手段がないためまず助かりません。それをナンジェーミン様は防ぐどころか、打ち消したように見えました。あれを見てしまっては何もしてないでは通らないでしょう」
(な、なるほど…ね。もう言い訳してもダメみたいやな。本当に何もしてへんけどアリバイが無さすぎるし、何よりもドラゴンは死んだわけやしな…もうこのままでええか)
「あーまぁそうっすよね…そうなりますよね…」
「何か隠したいことがおありのようでしたら何も話さなくても結構でございます。我らの村どころかこの国いや、周辺国家を救っていただけたことに変わりはありません。改めてありがとうございました」
村長はまた頭を下げる。
なんかもう完全に誤解されてるワイは諦めてそのまま流れに乗っかることにした。
(まさかあのドラゴンがそれほどの存在だとは思わんかったなぁ)
「ナンジェーミン様、まだ何か聞きたいことはありませんか」
(そうだなぁ)
「では、ここから王都までの道順をお教えいただければ幸いです」
話を聞くだけ聞いたワイは村長から「これは私からの心ばかりのお礼です」と言われ少しばかりの貨幣のようなものと小包をもらい受け、村長の家のドアに手をかけた。
するとドアを開くや否や大勢の人が扉の向こうからこちらに倒れ込んできた。
「えっ!ちょっまっ!」
ワイのへなちょこ足腰がその重量に耐えられるわけもなく押しつぶされて後ろに倒れ込む。
「ぐぇぇえぇ!」
重圧でワイは苦しみの声を情けなくあげる。
「おい押すなって言ったのに!」
「お前が後ろから押すから!」
「お前だよ!」
「ちょっと重い!」
「早く退いてくれーーー」
なだれ込んできた獣人たちが口々に声を上げる。
「は、早く退いてクレメンス…しぬぅ…」
ワイは全く身動きが取れない。
「君らは何をやってるんだ…」
それを見た村長は呆れるのであった。
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