第二話 裏切り
「今日は泊まっていったらどうだい」
「いやだね、腐れ縁の友の家など」
「腐れ縁で悪かったよ」
林樹はしれっとしている颯鵠にムカつく。
だって、好きな女を奪われたから。
「なぜ君はそんなにしれっとしていられる」
拳をつくる。本当に怒っているのだ。あの自分が。
たかが女ひとり奪われたくらいで。ー珍しい。
「私だってねぇ、怒るときくらいは怒るさ。別に、聖人君子じゃないんだし」
自分が口にしていい言葉ではない。だが、口にしないではいられない。
「何を怒ってるんだい?たかが女ひとり奪われたくらいじゃ怒らないって、国士監のとき言っていたじゃあありませんか、ね?聖人君子さま?」
「なんで貴様などが宰相になった!この国ー神国はどうなってる!」
「知りませんよ、そんなこと。先代の皇帝か、徐宰相さまに聞いてみないとわかりません」
徐宰相。
それはこの国で禁断の言葉のひとつ。
この言葉を聞けば民はこのひと声で涙を流す。
それで民を操り、翻弄させる貴族もいるのだ。徐宰相は死んでないとか嘘をつき。
自分は徐宰相を守ったとかなんとか…
「あの方は偉大なお方でした。あの方の子孫となれば、話は別。でも!仙華を傷つけたら、この世の誰だって赦さない。…そのおつもりで」
半分脅した。いや、半分ではない。相当脅した。
だって、好いている者が自分のそばから離れて、遠い場所に行くのだ。
しばらく会えないのだから、心配で心配で仕方がない。
だから、脅した。しばらく引き取ってもらう人に。
仙華のことを、どれだけ愛していたことか…知ってもらうために。
◆◆◆
翌朝、仙華は朝廷に向かうため、荷物をまとめる。
翡翠の耳飾り、藍玉の髪飾り、黄玉の首飾り…など今まで使っていたものはすべて処分した。
もう、これからは必要ないから。
「失礼いたします、お嬢さま」
「どうぞ」
侍女を通す。
これを見るのも今日で最後…か。
「どうしたの?」
「林樹さまより、これを預かりました。どうぞ、ご確認を」
侍女が白い上等な布を開け、仙華に見せてくる。
そこに入っていたのは翡翠の佩玉だった。
白といえば不吉を示す。この国では白い何かは絶対に贈らない風習があり、白を贈ってしまうと、贈った相手に不幸なことが怒るらしい。
なぜ仙華に、そんなものを贈ったのだろうか。
「これは…」
「あなたさまがお嫌いで贈ったのでは?もう戻ってくるな、と」
「そんなっ…。そんなことがあるはずない!林樹さまは私を想ってくれた。大切にしてくれた…」
「あなたさまの思い違いただったのですよ。さあ?お受け取りください」
この侍女さえいなければ、どんなによかったかー
「仙華?どうした?」
「あ、あの!こ、これはっ!」
部屋に林樹が入ってきて、侍女が慌てる。
信頼していたのが愚かだった。だから、人を信頼してはいけないのだ。
自分を悲しませる結末になるから、決して。
「今までありがとう…ございました…。林樹さま…。それでは、失礼いたします」
信じていた自分が愚かだった。
◆◆◆
皇帝、利彗。
悪逆無道、極悪非道、残酷非道と噂されていた。
その評判はかなり悪いもので、この者の名を聞けば民もを怯え、どこかへ去ってしまうという。
むすりとした表情で、侍従たちを見つめる。
この国には宦官というものが珍しくいなく、去勢すら禁じられている。
なのでこの国の者からは、人間同然の扱いを受けているのだ。
その理由はどう探っても出てこない。宦官が禁じられたのは先代の御代からしいが。
「陛下、失礼いたします」
「よい。入れ」
宰相、颯鵠が朝廷の正殿、蒼光殿に入ってくる。しかも、女まで連れて。
「何ごとだ…颯鵠」
颯鵠は黙る。まるで、自分が何もしてないかのように。
そんな颯鵠に腹が立った。