義妹大好き悪役令嬢の奔走
「お父様、わたくし、妹が欲しいですわ」
我が娘が8歳の誕生日に所望したのはかわいらしい願いだった。周りの友人に弟妹が生まれたと言う話を聞いて羨ましくなったのだろう。
だが、妻は体が丈夫では無く、医師からも「娘の出産に耐えきれただけでも奇跡」だと言われている程。我が娘のかわいらしい願いは叶えてあげられそうにもない。
「お母様の体が丈夫ではないのは承知ですわ。でも、妹は用意出来るのではないのですか?」
娘はテーブルの上に使い込まれた日記を出した。妻がギョッとした様子で、静かに怒りを滲ませている。
―――数年前の、ただ1度の過ち。
噴火しないと思っていた山が実は活火山だった事を思い知らされたあの日の出来事がありありと思い出される。
「政略結婚に愛を感じられないのは致し方無い事ですし、少し火遊びしてあちこちに愛人を作って山の様に庶子がいる貴族は良くいるものですし、お父様に庶子がいてもなんら問題はありませんわ」
お父様が大問題なんだよ、愛娘よ。
夏だと言うのに室温が氷河期だと言う事に。賢いキミなら気付いてくれるよね、頼むから。
「子どもには罪はありませんわ。先日、御母堂を亡くされて孤児院にひとりぼっちの妹を、御屋敷に連れて来て下さるだけで良いのです。世話はわたくしがいたしますわ」
そんな、「拾った動物の面倒は自分で見るから」みたいに言われてもお父様は困るんだけどな?!
「わかりましたわ」
ほ。
分かってくれたんだね…
「自分で迎えに行きますわ」
***
痩せぎすのくすんだ金髪の小娘を、お嬢様は蝶よ花よと手をかけて今日も絵本の読み聞かせをしていた。
実に腹立たしい。
お嬢様は王太子殿下と婚約関係にあり、未来の王妃、国母。1日の殆どを礼儀作法から妃教育までこなしてやっとの、つかの間の時間を今までは奥様との時間に使っていたのに。
今、その時間は全てあの売女の子ごときに使われている。
『半分とはいえ、血が繋がっておりますもの』
聡明なお嬢様とはいえ、やはり子ども、と言う事なのでしょう。あの小娘とお嬢様が並んで歩いているのを見る度に奥様は心を痛めていらっしゃると言うのに。
だから、私達が牽制しなくては。
『お前は、お嬢様とは生きる世界が違うのだ』
と。
お嬢様が用意された最新の流行りのドレスは貧民街の子どもの、あの小娘よりも小さなものに。
食事は、旦那様や奥様、お嬢様とは一緒に取らせないように。硬い黒パンと野草が浮いた殆ど水のようなスープを与えた。
こうすれば、身の程を弁えて屋敷を出ていくだろう。
お嬢様の気まぐれも収まるだろう。
「ジュリア」
裾を誰かに掴まれて、振り返る。
「お、お嬢様…」
魔力の高さを表す美しい絹の様な銀髪のお嬢様。笑顔は大輪の花の様だと皆口にするけれど、今のお嬢様は笑顔こそ貼り付けているものの、その目は昏い色を灯していた。
「わたくしは、身分を傘に着るものが1番嫌いよ?」
お嬢様は静かに、けれどもハッキリとした声でそう言った。
***
アタシは聖女だ。
とはいえ、まだ正式に教会に認められた訳じゃない。アタシが聖女として認められるのは2年後、このちっぽけな農村に貴族が来た時。
貴族が泊まっている宿に火事が起きて、重症を負って生死の境を彷徨っているその方を生まれ持っている癒しの力で回復させたところ、「この娘はもしかして、予言の聖女では?」と言われて教会に連れて行かれて、そこで聖女である事が認められてその貴族の手引きもあって王都に行って、15歳になったら魔法学校に入学する事になるの。
そして、王太子含めて色んな男に愛される主人公になるの。
だって、アタシは乙女ゲームの主人公だもの。
前世の記憶がそう言っている。「アタシは幸せになれるんだ」って。
「やり込みたいから、逆ハーは当然よね〜」
各キャラごとのエピソード解禁に必要なアイテムをちまちま集めていたら逆ハーは無理だから、好感度高アップの課金アイテムは必須になるわ。
王都に行く事になったら、アイテムショップが実在するかをまず確かめないといけないわね。
「王太子ルートでの悪役令嬢廃人姿はちょっと見てみたいんだよねー」
領地経営、魔物から国を守る防護結界、慈善事業、その他もろもろしていた文武両道完璧令嬢がその身ひとつで国外追放されてズタボロになっていく姿、アタシ、たまらなく好きなんだよね。
一応、この世界現実だし、逆ハーを一通り楽しんだら安牌の王太子ルートで幸せになるとしますか。
***
義妹が可愛いが過ぎる件。
前世から知っている、わたくしの妹かつわたくしの推し。
本来なら王太子ルートのエンディングで国外追放される時にお父様がお母様を説得してから登場する、お父様の庶子。
前世で見た時から好みどストライクで、第2作の攻略対象から名前が出て来た時は「本編でいつ出てくるのかな!!」と超楽しみにしながらプレイしていたところ、―――第2作本編開始前、2年前に事故死している事かも判明してわたくしは泣いた。喪にふくした。
1週間くらい。
だから、この世界に悪役令嬢として転生した、と分かった時には「必ず義妹を幸せにして見せるわあ!!」と気合い入れた。
お母様の書斎から、「呪詛」って言葉が滲み出す様な日記を発見して、日記から義妹が住んでいる地域を割り出して、覚えているゲームの情報と照らし合わせて彼女が4歳の時に孤児院から我が家に連れ出した。
っしたら使用人達が影でこそこそこそこそわたくしの可愛い可愛い義妹をいびり散らかしてるではないの。
うふふ、わたくし、前世でアレな職場でOLしていたものだから、そういう気配には聡いのですわよ〜?
わたくしの可愛い可愛い義妹に手を出そうものなら、最大火力の魔法で吹っ飛ばして差し上げますわ、ふふふ…
「――様、王太子殿下が…」
わたくしの友人達が、口々に言う。
知っていますわ、あの王太子殿下乙女ゲーム第1作での安牌攻略対象ですもの、聖女が狙うのは致し方ありませんもの。
第2作で廃嫡されて国内の小さな村で細々と過去の栄光を口にするだけの廃人になっている事を知らないところを見ると、あの聖女、あくまで「第1作の主人公」と言うところかしら?
わたくし?
可愛い可愛い義妹の幸せを願って王妃様に色々相談してみましたところ、「もし駄息子が本当にそんな真似をしたらわたくしの祖国へ逃がして差し上げます。貴女が国を離れる時は妹さんの事はわたくしが、全力で守らせていただきます」と約束して頂いておりますわ。
王妃様の祖国は確か、南国でしたわね。
前世で1度も出来なかったバカンスを楽しみつつ、義妹の幸せの為に全力を尽くすのが、今のわたくしの活動源ですわ!