三〇三会議室①
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俺たちは車に分乗して役場まで帰ってきていた。
俺とは別の車に乗せられたが、あの自殺未遂をしでかした男も一緒だ。車から降りると、彼は未だ両脇を近藤さんと力石さんに囲まれ、連行されるように役場に入った。またいつ衝動的に命を絶とうとするか解らないのだから仕方ないとはいえ、その様子は酷く痛々しく感じられた。
それでもこれからあの男には色々聞かなくてはいけないことがあった。
湖に入った者はみんな寒いだろうに、おやっさんたちは湖に長く浸かっていた俺を気遣って、先に着替えるように言ってくれた。そのありがたい申し出に、俺は遠慮無く甘えることにする。実を言えば寒くてたまらなかったのだ。
ロッカールームで手早く手頃な作業着に着替えた俺は、やっと人心地ついた気分であの男が連れて行かれた三階へと足を運んだ。
役場の三階。その奥の奥、忘れ去られたような場所にその小さな会議室はひっそりと存在した。「三〇三会議室」という古めかしいプレートのかかったクリーム色の重い鉄扉を、俺は少しだけ緊張しながらノックする。
ややあって扉が開き、中からおやっさんの渋面が覗いた。
「……あいつは?」
「そこだ」
俺がおやっさんに訊ねると、おやっさんは首を傾げて会議室の中を示す。
会議室の中には三、四人ほどが横並びに使える長机が四つ、並列になるように並べられていた。そして俺のいる会議室の出入り口から一番遠い最後列の窓際に、近藤さんと力石さんに見守られながら、あの男が大人しく座っている。
とりあえず、暴れたり抵抗したりしている様子はなくて安心した。しかし。
(目が虚ろだ。蝋人形みたいに生気がない)
元から色白なのだろう。しかし今は血の気を失っていて不気味なくらいに真っ白な肌をしていた。目にも光がなく、呆然と手元を眺めている。
よく見れば、男は濡れた衣服を着替えてすらいない。先に帰途に就いた松原さんが残していったと思しき乾いたタオルだけが彼の前に置かれていた。
俺が訊ねるように視線を送ると、おやっさんは重いため息を吐いて後頭部に手をやる。
「オレたちも着替えるかどうか聞いたんだがナァ。こっちが何を言っても、何を聞いても、ナシのつぶてなんだ」
なるほど。どうやらこの男は助けた後も一筋縄ではいかないらしい。俺は小さく嘆息する。どうしたものだろうか。