愛と執着の非独立記念日⑮
『加羅里、そろそろやめておきなさい。実の弟が相手とはいえ、それ以上はセクハラになるぞ』
電話の向こうから微かに聞こえてきたのは呆れたような黒野の声だった。どうやら黒野が姉さんの悪ノリを制してくれたようだ。それに対して姉さんは少し残念そうに、それでも比較的素直に『はぁい』と返事をすると、小さく咳払いをしてから改めて口を開いた。
『怒られちゃったし、あとは用件だけ伝えるわね。明日、また戒十さんと一緒にそっちに行く予定なの。久しぶりに彬くんとゆっくりお話もしたいしね。だから……』
そこまで言って、姉さんは辺りの様子を窺うように言葉を切る。そしてまたいたずらっ子のようにふふと微笑んで、俺だけに聞こえるようなひそめた声でこう言ったのだ。
『……今夜はあんまり彬くんを疲れさせちゃ駄目よ?』
「姉さん!」
俺が咎めるような声を上げると、姉さんはくすくすと笑いながらあっさりと通話を切ってしまう。文句を言うためだけにかけ直す気力もなくて盛大なため息をついた俺は、側で首を傾げてこちらを見ている彬に渋い顔をして見せることしかできなかった。
「加羅里さんは何て?」
「あ、ああ。明日、黒野と一緒にこっちへ来るらしい」
その渋面を見た彬の問いに、俺は思わず無難な答えを返す。姉さんの悪ノリを彬にそのまま伝えることなんかできるわけがないじゃないか。
一方で彬は俺の表情を見て深刻な話だったのかと身構えていたらしい。ぱちぱちと幾度か瞬きをしてから、首を傾げた。
「それだけ?」
「……それだけ」
俺が当たらずとも遠からずな言葉で押し通そうとすると、彬は不意に気が抜けたように肩の力を抜く。そして安心したようにふにゃりと笑って見せた。
「そうか、なら良かった……。じゃあ、明日もご馳走作らなきゃな!」
特に料理が好きだとか得意だとかいうわけでもないはずの彬がそう言ってにこりと微笑む。それを見て、別に普段通りでいいのにな、とやっかみがてら思ってからふと気付いた。今度は俺が首を傾げる番だ。
「明日"も"?」
まるで今日もご馳走を作ったかのような彬の言葉に、俺は素で疑問符の付いた声を上げていた。彬は俺の反応に苦笑いをする。
「はは、言っただろ。今日がどういう日か気付いてたって」
言うが早いか、その場で立ち上がった彬は俺の手を力強く引いて居間の方へと誘った。彬がゆっくりと居間に続く引き戸を開けると、廊下の暗さに慣らされた俺の目に居間に満ちた蛍光灯の光が眩しく感じられる。何度も瞬きをしてようやくその光に慣れた頃、しっかりと目を開いた俺の視界に映ったのは食卓の上の派手ではないがいつもより手の込んだ食事。色鮮やかなサラダ、褐色のルウを纏った艶やかなビーフシチュー、焼き目の付いたチーズの乗ったグラタンもあった。
冷めてしまっているようだが、どれも美味そうだ。




