愛と執着の非独立記念日⑭
リロリロリン、リロリロリン……。
急に辺りに鳴り響いた水琴鈴を転がしたような清かな音色に、俺は驚いて目を見張った。眼下を見れば、彬も驚いているらしい。目をぱちぱちと瞬かせていた。
「……何の音だ?」
俺が辺りを見回すと、彬がもぞりと動いて自分のシャツの胸ポケットから一台のスマートフォンを取り出した。廊下の薄暗がりでその画面は眩しく光り、例の水琴鈴のような着信音を響かせている。
スマートフォン自体は彬が仕事を始めるにあたって俺や職場の人間と連絡を取り合えるようにと買い与えたものだった。だが俺は今まで彬のスマートフォンが着信音を鳴らしているところをついぞ聞いたことがなかった。だって彬は職場の人間とのやりとりはLIVELINEのチャットでしているようで、通話は専ら俺としかしていない様子だったから。
ならば、この着信は誰からなのか。
俺が訊ねるように彬を見ると、彬は目を伏せがちにして申し訳なさそうに呟いた。
「えっと、加羅里さんから……みたいだ」
「は? 姉さん!?」
思わぬ名前が出て、俺は目を剥いた。どうして姉さんが彬のスマートフォンに電話をかけてくるのか解らなかった。むしろいつの間に電話番号交換してたんだよ。
彬はあからさまにむっとした俺と鳴り続ける電話の板挟みになって困っている様子だった。電話にいいところを邪魔された腹立たしさはあったが、彬が悪いわけではないのに困らせてしまうのは忍びないという気持ちが勝って、俺は仕方なく大きくため息をついて彼に電話に出るようジェスチャーで伝える。
「……もしもし?」
彬がおずおずスマートフォンを耳にあてて応答すると、その向こうから姉さんの呑気な声が聞こえてきた。
『あ、彬くん? 私、加羅里です。今大丈夫?』
「えっと、その……はい」
一瞬迷うようにちらりとこちらを見た彬だったが、俺が何も言わないのを見て小さく頷く。姉さんはそれを受けて会話を続ける判断をしたようだ。
『彬くんも鞍馬も、変わりはないかしら? 仲良くやってる?』
「は、はい。おかげさまで……」
『そうなのね、よかった。あ、でも仲良くしすぎて日常生活を疎かにしないようにね?』
姉さんがからかい混じりにそう口にした瞬間、俺は思わず彬から無言でスマートフォンを取り上げて自分の耳にあてると、不機嫌丸出しの低い声で文句を垂れる。
「あのな、余計なお世話だっての。それより何の用だよ」
しかし姉さんは急に電話の相手が代わったことに驚きもせず、少々邪悪さの滲む含み笑いをしてみせた。
『うふふ、鞍馬ったら機嫌が悪いのね。もしかして私、またいいところを邪魔しちゃったのかしら?』
「……っ!」
白々しく発せられたその言葉。しかし俺はそれを受け流せずに動揺してしまう。
『あら~? その反応は図星ね?』
「う、うるさいな! 姉さんには関係ないだろ!?」
怒りと恥ずかしさに頭に血が上ってしまった俺は、思わずぞんざいに姉さんに突っ掛かっていた。だがその衝動的な行動の裏側で、それが著しい愚行であることを理解してもいた。こんな幼稚な反論で姉さんに勝てるわけもない。
しかし、助け船は思わぬ方向からやってきた。




