愛と執着の非独立記念日⑨
「多分、俺は両方信じてるんだ」
「はぁ?」
「彬が心変わりしてるなんて最初から思ってないよ。でも双子の方もきっと嘘は言ってないんじゃないかと思うんだ。あいつら、性格と倫理観はねじ曲がってるけれど、俺の知る限り今まで嘘をついたことがないからな。きっと、『嘘ではないけれど誤解はされる』ように言ってるんだろ」
そうだ、あの二人の論調はいつも大袈裟だが今までに明確な嘘を吹聴しているところは見たことがない。勿論、『トラ』が正確な情報を提供していることもあるだろうが、俺は彼らに嘘をつくことを恥じる気質を少なからず感じていた。
「確かに彬は今日、誰かと一緒に出かけるんだと思う。もちろん、相手が誰なのか解らないから気がかりではあるけれど、でも少なくとも心変わりだの浮気だのを心配してるわけじゃないんだ」
俺の言い分におやっさんはその目をぱちぱちと瞬かせて驚いたような顔をする。だがすぐに堪えきれなくなったように吹き出した。
「ふはっ、まあお前らしいといえば、らしいなァ。サテ、そんなお前に特別に教えてやろうじゃないか」
「教える?」
「彬を連れて村の外まで行くスーパーの常連のおっさんの正体サ」
「おやっさん、知ってるのか!?」
俺がその話題に食いつくやいなや、おやっさんはニヤと楽しげに笑ってみせる。嫌な予感がした。
「そりゃあ知ってるさ。……オレだからなァ」
「えっ?」
「今日、彬と出かける約束をしてるのは、このオレだよ。今日はオレも早上がりだしな」
「はぁぁぁぁ!?」
思わず大声を上げてしまってから、ここが役場の中であることを思い出してぱっと口を塞ぐ。幸い周りから咎められることはなかったが、俺はできる限り声を潜めておやっさんを問いただす。
「……どういうことだ?」
「頼まれたんだよ。B町まで出たいから車を出してくれないか、ってな」
説明されながら俺は深い深いため息をついた。そのため息は安堵から出たものなのか、はたまた呆れから出たものなのか、判然としなかった。ただ俺は小さな子供みたいに頬を膨らませる。
「どうして今まで教えてくれなかったんだよ」
「それも頼まれたからだな。お前には内緒にしておいて欲しいと言われてたんだ」
「え、じゃあ話しちゃ駄目なんじゃないのか?」
反射的にそう問いかけた俺に、おやっさんは笑ってまた書類の束で自分の肩を叩いた。そして意外なほど優しい口調でこう言ったのだ。
「ここで黙ってたら拗れてお前が傷付くかもしれネェだろ。それを解っていながら黙ってることなんてオレにはできネェよ。彬だってそのくらいのこたァ解ってると思うがね」
「おやっさん……」
おやっさんが俺のことを考えてくれたことは素直に嬉しかった。だけど、そのせいで彬との約束を反故にさせてしまったのだろうことを考えると、おやっさんはもとより彬に対しても申し訳なさが先に立つ。
俺の複雑な心境を理解してくれているのだろうか。おやっさんは神妙な顔をしている俺の肩をぽんと叩くと、苦く笑った。
「まぁ、せめて何で彬がB町に行きたいなんて言い出したのかくらいは自分で考えるこったな」
そう言って軽く上げた手をひらひらと振りながら何事もなかったかのように業務に戻っていったおやっさん。俺はそのしゃんとした背中を眺めながら唇を強く引き結ぶと、視線を上げて前を見た。
さあ、俺も業務に戻らなくては。




