愛と執着の非独立記念日③
▽
玄関の鍵をきちんと閉めたのを指さしで確認してから一足飛びに駐車スペースまでやってきた彬は、車の扉を開いてするりと助手席に身を滑り込ませる。
「おまたせ」
「おう」
俺は彬がシートベルトをしたのを確認してから、ゆっくりと車を発進させた。
彬がスーパーで働き出してから、俺はなるべく車での送り迎えをするようにしていた。彬は一人でも行き来できるからあまり心配するなと言うが、俺としてはできる限り送迎を欠かすことはしたくなかった。
確かに家から店までは歩いていけないほど距離があるわけじゃないが、この辺りの道は明るい朝ですら歩行者が少ないから何かがあっても周囲の誰かに助けを求めることが出来ない。夜ともなれば街灯の乏しさも加わって一層危険だ。そんな中、慣れない彬を一人で歩かせるのはやっぱり心配だった。しばらくは無理をして行き帰りの時間を合わせることもあったくらい。彬に怒られてすぐやめたけれど。
でも、今日は――。
「俺、今日は帰りがちょっと遅くなりそうなんだ。悪いけど先に帰っててくれるか?」
「ああ、わかった」
なるべく何気なさを装って言ってからちらりと彬の様子を窺うと、彼は特に気にすることもなく素直に頷く。
あまりにも素直に受け入れられてしまってちょっとした罪悪感を感じた。俺は蛇がいるとわかっている藪をつつくような行為だと理解しながらも、彬の横顔をちらりと見て謝ってしまう。
「……すまないな」
「謝ることじゃないだろ。お前は俺の都合で動く召使いじゃないんだ。村のために一生懸命働いてる俺の自慢の恋人なんだからな」
「……っ!」
今のはとてもキた。運転中だということも忘れて彬に口づけをしたくなる。勿論、我慢したけれど。
しかしその衝動の次にやってきたのはさっきよりも更に巨大な罪悪感の波だった。
(ヤバい、胸が潰れそうだ……)
実は俺が今日遅くなるのは仕事とは無関係で。しかしどうして遅くなるのか知られてしまっても困るので、その罪悪感は呑み込んでしまうしかない。
そうこうするうちに車はスーパーの前に着いてしまった。俺が駐車場の適当な場所に車を停止させると、彬は颯爽とシートベルトを外して車から降りていく。
「ありがとう、またあとでな」
そう言って手を振り見送ってくれる屈託のない笑顔に俺もぎこちない笑顔で軽く手を振り返した。俺の言葉を信頼し、何の疑問も持っていないだろう彬。嘘はついていないつもりだが、彬の錯誤を狙った言葉遣いをしたのは間違いない。
(ごめんな……)
俺は心の中でそう唱えると、彬の視線を振り切るように車を発進させた。
スーパーの敷地を出て、俺はまっすぐに役場を目指していた。スーパーから役場までは村の目抜き通りを車で行けばほんの四、五分しか掛からない。間もなく、俺は役場の駐車場にたどり着いた。
俺は決められた位置に車をとめると、力の抜けた上半身をハンドルにもたれかからせてしばらくの間ぼんやりと上の空になる。
先ほど彬を騙すような言い方をしてしまったことで、胸にもやもやとした引っかかりを感じていた。俺を信頼してくれている彬を一方的に裏切ってしまったような感覚。しんどさに一つため息をつく。
しかしいつまでもそうしているわけにもいかなくて、仕方なく冴えない表情のまま運転席から降りた。その瞬間冷たい風がひゅうと切り裂くような甲高い音を立てて吹きつける。まだ寒いのに油断してマフラーを忘れていた俺はジャケットの襟を立ててその風をしのぐと、足早に役場の中へと入ったのだった。




