愛と執着の非独立記念日②
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パチンと音がして電気ケトルの電源が落ちる。沸いたお湯で俺がコーヒーを淹れる間に、彬は食卓に食器を並べてくれていた。
二人で作るささやかな朝食。よく焼いた食パン、たっぷりケチャップの乗ったスクランブルエッグとウィンナー、ちぎったレタスのサラダ、それからはちみつのかかったヨーグルト。最後に俺が食卓にコーヒーの入った二人分のマグカップを置くと、準備は完了だ。
俺たちは食卓に対面に座り僅かに笑顔を交わしてから、「いただきます」と口にして食事を始めた。
「そういえば、仕事の方はもう慣れたか?」
俺はイチゴのジャムを塗った食パンに齧りついて咀嚼し、飲み下してから彬に訊ねてみた。彬は去年この家にやってきてから長らく家事を主に担ってくれていたのだけれど、先月からは村のスーパーで働き始めていた。
その問いかけに、彬はレタスにドレッシングを掛けながら小さく頷く。
「ああ。まだ覚束ないこともあるけれど、みんな良くしてくれるし、環境はとてもいいよ」
「そうか、うまくやれてるようなら良かった」
その返答にほっと頷いた俺はそこで会話を切り上げて食事に戻るつもりだった。
だが、彬は目を細めてこちらを見つめると、俺の口元を指先で軽く拭う。その彬の指先が薄らと赤くなっていた。どうやら俺は口元にジャムを付けていたようだ。
まるで子供のような自分に幻滅しかけた俺をよそに、彬はそのまま指先についたジャムをぺろりと舐め取ってしまった。
「……っ!」
俺はその行動に少しばかり驚いて思考も呼吸も一時停止。しかし彬は無意識だったのだろう。固まった俺を見て不思議そうに小首を傾げただけだった。
「俺がこうやってみんなに受け入れて貰えてるのはさ、ぜんぶ鞍馬のおかげなんだよ」
「えっ」
仕切り直すように目を伏せて言い出した彬に、俺は小さく声を上げる。ぶっちゃけ、俺は今の彬の行動にドギマギしていたから、話の内容がうまく頭に入ってこない。
「スーパーの従業員やお客さんだけじゃなく、それこそ道ばたで偶然会った人もみんなが俺に気さくに声をかけてくれるんだ。みんな俺がお前の恋人だと知ると親しげに話しかけてくれる。俺は、それがとても嬉しいんだ。どれだけこの村の人たちにお前が愛されてきたのか、どれだけお前がこの村の人たちを愛してきたのか、それが理解できた気がしてさ」
だけど彬が本当に愛おしそうに呟いて目を細めるものだから、俺はじわじわと話を理解して今度こそぼんやりと頬を熱くした。
確かに俺はこのA村を、そこに生きる村人たちを愛している。両親を亡くした後、俺はこの村に育てて貰ったようなものだ。だから俺はいつでも何度でもこの村にできる限りの恩返しがしたかった。役場の職員になったのも、村のために働きたいと思ったからだし、彬と恋人として暮らすようになった今でも、その気持ちには変わりはない。
俺と彬は同性の恋人だ。だが、俺は村の人たちにそのことを特段隠そうとは思わなかった。理由は至って単純。俺が村の人たちに嘘をつきたくなかったからだ。
ありがたいことに、彬は俺のしたいようにさせてくれたし、村の人たちも俺たちの仲にネガティブな干渉をしてくることはほぼなかった。俺たちの仲は村の人たちに徐々に受け入れられていったのだ。
(ああ、俺は本当に幸せ者だな……)
愛する故郷と愛する人、その両方が手の届く場所にある。それは本当に奇跡のような幸運で。俺はまだ未熟で弱いけれども、それでも彼らをこの手で守りたいと願うのだ。
そんなことをぼんやりと考えながら手にした食パンの残りを一息に平らげる。勢いよく口に詰め込みすぎたせいで、俺はげほっと小さくむせて咳をした。




