オレンジゲイブルズの一夜③
「そっか……」
だけど鞍馬は俺の宣言を物ともせずに穏やかに目を伏せただけだった。
「……っ!」
多分、その彼を見つめる俺の顔は険しく、真っ赤だったろう。
俺が決死と言えるような覚悟を持って行った行動も言った言葉も、彼を慌てさせることすらできなかった。それが酷く悔しくて、恥ずかしくて、泣きそうだった。
俺は不意に熱くなる目尻を強く擦って涙の気配を消しながら、悔し紛れにまた小さな声で悪態をつこうとした。不満に思っていることを知って欲しいと思う気持ちが今にも溢れそうだった。でもそれと同じくらいに、余計な波風を立てたくないと思う気持ちもあった。またしても二つの感情に翻弄された俺は、一瞬どうしていいのか解らなくなる。
しかし、項垂れた俺が小さく唇を咬んだその時だった。
鞍馬は目を伏せたままおもむろに言葉を発した。
「一人にして、ごめんな」
囁くようだったが、しっかりと耳に届いたその声。
慌てて顔を上げようとした瞬間、胃が浮くような感覚と共に突然世界がぐるんと回転した。何が起きたのか理解するより先に、柔らかいのにしっかりと受け止めてくれる何かに背中が強く押しつけられたのを感じた。
「!?」
瞑っていた目をそろりと開けると、目の前に鞍馬の顔があった。ただ、その向こうに見えるのは先ほどまでの白いシーツではなく、薄暗い天井だ。
そして気付く。あの瞬間、鞍馬は俺を強く引き寄せて体勢を入れ替えてしまったのだ。俺の身体は彼によって完全にベッドに組み伏せられ、降参するように軽く上げた両手もシーツにきつく縫い止められてしまった。
「でもさ、俺、一緒だったらきっと我慢できなかったから。今だって、本当にギリギリなんだ……」
「……えっ?」
こんな状況で告げられた予想外の言葉に驚いて身を竦めた俺を見て、鞍馬は少しだけ表情を強張らせたようだった。それが思った以上に心細そうに見えて、俺はぐっと息を詰める。
(ああ、不安なのは俺だけじゃないんだ……)
俺はずっと不安だった。気持ちを確かめ合ったのを忘れてしまったわけではない。でもどこまで踏み込んでいいのか、手探りするのも怖かった。だが、それは鞍馬の方も同じだったのだ。
そんなことを考えた俺は、思わず勢いよく鞍馬の額に自分の額を押しつけた。ごつん、と音がして鋭い痛みが走る。勢い余って頭突きになってしまった。だが、そんなことはどうでもいい。
「痛っ……!?」
呻き声と共に、僅かに仰け反る鞍馬。痛みに耐えるように瞑られた目がぱちぱちと瞬いてから開くのを見届けると、俺は深い深い深呼吸をしてキッと目の前の男を睨み付けた。




