招かれざる客①
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だが、俺が鞍馬の腕に身を任せようとしたその時だった。
「はーい、ソコまでー」
「……っ!?」
間延びした声と共に、ぱんぱんと誰かが手を打つ音がやけに大きく湖畔に響いた。驚いた俺と鞍馬が弾かれるようにその音のする方に視線を向けると、湖の汀に一人の男が立っているのが見て取れる。
俺も鞍馬も、この場にいるのは自分たちだけだと思っていたものだから、驚きとも戸惑いともつかない微妙な感情でその男を見ることになった。
「……誰だ?」
俺が小さな声で鞍馬に訊ねると、彼は何も言わずに軽く首を横に振る。
鞍馬が警戒を露わにしているところを見るに、村人や鞍馬の知り合いではないようだ。そのことを理解して、俺もぎゅっとシャツの前を掻き合わせながら目を凝らして男の様子を窺った。
男の年頃は俺たちよりもいくらか下だろうか。少し伸びかけた色の薄い猫っ毛、アーモンド型の大きな目、頬には薄らとそばかすが散っていた。痩せた身体に大きめのジャンパーをラフに羽織り、細身のジーンズにハイカットのスニーカーをはいた彼は、垢抜けてはいたが一見するとどこにでもいる普通の若者のように見える。
だが、俺たちは男がその見た目通りの人間でないことを何となく理解していた。……いや、正確には「理解させられていた」と言うべきか。
男が隠すつもりだったならば、きっと俺たちは彼のことを見た目通りのどこにでもいる普通の若者としか認識できなかったのだろうと思う。だが、今の彼は自分がただ者ではないことを俺たちに静かにアピールしていた。気配、身のこなし、視線の移動、息づかい、どれをとっても無駄がなく、研ぎ澄まされたナイフのように鋭かった。
思惑通り、俺たちが正しく自分を警戒したことを察知したのだろう。男はくすくすと笑ってひらひら手を振ってみせる。
「いやー、イイとこ邪魔しちゃってゴメンね? でもさ、ハジメテから野外はハードすぎないかなってオレは思うんだ。それに、彬サンも鞍馬サンも冷たい湖の水でぐっしょりだし、まだ夜は冷え込むじゃん? 素肌で暖め合うシチュエーションもクるものがあるけどさ、あんまり相手に無理させるのも違うっしょ?」
こちらの警戒を物ともせずに、いかにも軽薄な若者然としたしゃべり方をする男。こんなしゃべり方だというのに、俺たちは言葉の端々から痛いほどのプレッシャーを感じていた。
警戒と戸惑いと、真っ向から受ける強いプレッシャーに何も言えずにいる俺たちを見て、男はひょいと肩を竦める。
「そんなガチガチに警戒されるとこっちもキンチョーしちゃうなァ」
自分から警戒するように促しておいてよく言う。だが男は悪びれるでもなく俺たちを見渡すと、両頬に両手の人差し指を添える戯けたポーズを取ってにこりと微笑んだ。
「ダイジョーブだよ。オレは別にお二人のことをとって喰おうと思ってる訳じゃなくてさァ、むしろ味方しに来たんだよ?」
「……どういう意味だ?」
萎縮していた俺たちのうち、ようやく男と対話しようと声を出したのは、半歩前に足を踏み出し身構えた鞍馬だった。その行動にはっとして、俺も倣うように身構える。
友好的に話を進めたいという体ではあった。しかし男の態度にはこちらを小馬鹿にしたような感情が透けて見えている。とてもではないが味方をしにきたのだという言葉を信用することはできなかった。




