銀の階段⑤
そんな可愛くない様子に少しだけ辟易しながら、俺は安全な岸辺へと男を引っ張り戻そうと腕に力を込めた。だが男は頑としてそこを動こうとしない。俺たちは進むことも戻ることもできない、膠着状態に陥る。
仕方なく俺は男を抱えたまま、はぁと深くため息を吐いた。
「そんなに死にたかったのか?」
俺が核心を突くように訊ねれば、男はぴくりと反応する。耳をそばだて、こちらの動向を伺っているのだろうか。だが俺が何も言わないでいると、しばらくの間の後、小さく返答があった。
「……悪いか?」
(おお、喋った……)
若干ズレたところに感動してしまった気がしたが、返答があったことで対話が出来る相手だと判断する。
「そりゃあまぁ、良いか悪いかで言ったらやっぱり悪いだろうよ。その若さで死のうとするなんて、よっぽどのことがあったのか……?」
「煩い、放せ!」
「おっ……と、あぶね」
この気難しいお姫様(♂)は一体何がお気に召さなかったというのか、俺の隙を突いて全速前進しようとする。俺は緩みかけた拘束をなんとか保って、またため息。
「……全く、そんなにこの世界は下らないかよ」
俺の口から出たのはそんなちょっとした恨み言みたいな台詞だった。当然、反発は予想していた。
だが予想に反して、男は自分の手のひらをぎゅっと胸の前で握りしめただけだった。そして、潰れた喉から押し出したような泣きそうな声を上げたのだ。
「……がう」
「ん?」
「違う、この世界は下らなくなんかない。この世界は美しい」
「は……」
「ただ、その美しさの中に俺は要らない。それだけだ……」
そう言って、すんと鼻を鳴らす男。俺は得も言われぬ表情を見せるスペースキャットのようになりながら、男の後頭部を凝視してさっき垣間見た彼の顔を思い出す。
(何を言ってるんだろう、こいつは。あんな、美の女神の恩寵を一身に受けました、みたいな顔をしておきながら、美しい世界に自分が要らないだと?)
その間も、俺の気が緩むことを狙ってか散発的に起きる男の抵抗。それを何度もいなしながら色々考えていたら、なんだかちょっとむかっ腹が立ってきた。その苛つきに任せて、俺はかたい声音で呟く。
「理解できない……」
「理解して貰おうなんて思ってない」
あくまで可愛くない態度の男に、俺は小さく肩を竦めた。
「じゃあ、どうする? 俺を振り切って行くのか?」
暗に、そんな力なんかない癖に、と揶揄して言ってやると、男はふんと憎たらしく鼻を鳴らす。
「お前こそ、俺を岸までエスコートしてくれるっていうのか?」
お前だって、自分を無理矢理岸まで運ぶ力はないだろう。彼はそう言いたいらしい。悔しいが、確かにその通りだ。