帰宅①
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黒野さんたちが慌ただしく帰って行ったその日の夜。今夜も俺はいつもと同じように二人分の夕食を作り、ソファに腰掛けながら鞍馬の帰りを待った。
努めていつものルーティーンをなぞろうとしているのには訳がある。俺は黒野さんに言われたことをゆっくりと噛み締めながら、覚悟を決めようとしていたのだ。そのために、いつもの通りに生活をして落ち着いていなければと思っていた。
だけどそう思う一方でじりじりと焼け付くような焦燥感が俺を支配してもいた。
カチ、カチ、と時計の秒針が進む音がやけに大きく聞こえる。
「……鞍馬、遅いな」
緊張していた俺がそれに気付いたのは、作った夕食が冷め切り、胸に抱いていたクッションを握る指が冷たく痺れてしまってからだった。よく時計を見ればいつもならもう夕食を食べ終わっていてもおかしくない時間。鞍馬が何の連絡も無くこんなに遅くなるのは初めてのことで、俺は窓の外の駐車スペースの方をじっと見つめる。
職場で何かあったのだろうか。それとも、もしかして黒野さんたちが俺に真実を話しているだろうことを気にしているのかも知れない。そんなことを考える。
それなら、いい。ちゃんとここに帰ってきてくれるならいい。
でも鞍馬が帰らないまま時間が経つにつれ、俺は不安な気持ちを隠せなくなっていく。
昔の俺がそうだったように、もしも何かのきっかけで鞍馬がふらりといなくなってしまったらどうしよう。いや、無事ならまだいい。もしかして帰りに事故にでもあって怪我をしていたとしたら……。
脳裏で次々に最悪のシナリオが更新されていくのにあわせて、俺はソファから立ったり座ったりを繰り返す。文字通り、居ても立ってもいられない。すぐにでも家を飛び出して探しに行きたい気持ちもあったが、まだこの村に土地鑑のない俺が探し回ろうとしたところで出来ることは限られている。それどころか、街灯も乏しいこの界隈。こんな夜中に出ていけば道に迷うのがオチに思えた。
「鞍馬……」
どうすることも出来ずに、祈るような気持ちで鞍馬の名前を呼んだその時だった。時計の秒針が進む音がする以外、痛いくらい静かだった辺りに薄らと車のエンジン音が聞こえ始めた。徐々に近づいてくるその音に、俺は弾かれたように居間を出て廊下を走り抜け、玄関のドアを開けて外に飛び出した。
玄関ポーチから一段下がった駐車スペースまで一気に駆け降りると、丁度鞍馬の愛車がその車体を駐車スペースに押し込んだところだった。
ほっとして、俺は思わずすんと鼻を鳴らす。無事に帰ってきてくれたことが何より嬉しかった。




