灯る光⑤
「馬鹿なやつだよ。そんな風に考えてるっていうことは、もうすでに愛し、依存し始めてるってことだ。つまり、あいつは君にちゃんと惚れてるのさ」
少々強引な気もする三段論法。しかし黒野さんの言葉はとても力強い。
正直に言えば、俺の戸惑いも疑いも、全てがなくなったわけではない。今の黒野さんの話がてんで的外れである可能性もあるだろうと思っていた。
でも、俺は既に黒野さんの仮説に賭けてもいいと思い始めていた。ムシのいい話だけれども、本当に鞍馬が俺を愛してくれているというのなら、なんて素晴らしいことだろうか。
「だから、いつでもいい。君の心の準備が整ったら、多少強引にでもいいから、君の方から行動を起こしてやってくれないか。そしてあいつを本来の甘ったれた子供に戻してやってくれ」
「……そう、ですね」
返事が曖昧になったのは、一つだけ黒野さんに聞いておきたいことがあったからだった。
「あの、一つだけ聞かせてもらえませんか?」
「なんだい?」
「その……。黒野さんは加羅里さんの婚約者なんですよね?」
「そうだね」
黒野さんは俺の質問に特に思うところもなさそうに即答してくれた。その様子に、自分の考えが極めて下種な勘ぐりに思えてきて唇が震える。
だけど、今更聞かないわけにもいかなかった。
「……黒野さんは鞍馬のことをどう思っているんですか?」
「………………」
俺の言葉に、黒野さんは驚いたように黙ってしまった。
それはそうだろう。俺は今、最低なことを聞いている。もしかして黒野さんが本当に愛しているのは加羅里さんではなくて鞍馬の方なのではないか、なんて思っているのだ。
確かに婚約者の弟なら未来の義弟で、家族みたいなものなのかも知れない。
でもそれだけにしては、黒野さんは鞍馬のことを気に掛け、知りすぎている気がしていたのだ。
俺が固唾を呑んで黒野さんの言葉を待っていると、彼はふうと息を吐いて首を傾げ、事もなげに言ってみせた。
「鞍馬は俺の大切な義弟だよ」
「………………」
黒野さんはそれしか言わなかった。
その言葉は俺の疑念をすっきりと晴らすわけではなかった。それしか言わなかったのは、これ以上のことを喋ればぼろが出てしまうと思ったからなのかもしれない。そうではなく、それ以上語ることもないからなのかも知れない。大体、人には他人の気持ちの大きさを量ることなどできやしない。黒野さんが本当は加羅里さんと鞍馬のどちらを愛しているのかなんて、俺には解るわけもない。
「……わかり、ました」
俺はその言葉に返事をするようにそう小さく頷いてから、崖から飛び降りるような覚悟を決めて黒野さんを見上げ口にする。
「俺が、鞍馬を救ってみせます」
黒野さんはその俺の言葉にようやく表情を緩め、微笑んでくれた。
▽
やがて線香の匂いと共に二階から降りてきた加羅里さんと一緒に、黒野さんは東京へと帰っていった。
二人がいなくなって、がらんとしてしまったような居間。そこに少しの寂寥感を感じながらも、俺は一人覚悟を決めていた。
今夜、鞍馬が帰ってきたら、その時が決戦になるだろう。
場合によっては俺はまた一人になってしまうのかも知れない。そうなったら生きていけるかどうかもわからない。それが怖くないなんてもう言えなかった。だけど、ずっとこのままでいるのも酷く辛く、いびつである気がした。
「鞍馬……」
俺は胸に手をあてて、祈るように唇を引き結ぶ。
だけど、その時の俺には予想ができなかった。
今夜がどんなに慌ただしい夜になるのかなんて。




