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非独立記念日  作者: 小野セージ
第二話
37/86

吹き込む新風③

「二階にあるのは、仏壇だよ。鞍馬と加羅里の両親の、ね」

 黒野さんはゆったりと椅子の背もたれにもたれ掛かり、胸の前で手指を組んで、ゆったりとした語調でそう語る。その視線は穏やかに俺を見つめていた。

 俺は目を伏せて、その言葉を受け止める。

 実を言えば、それは俺にもいくらか想像がついていた話だった。

 鞍馬は一人で住むには少々広すぎるこの家で一人暮らしをしていた。ということは、多分この家は鞍馬にとって元々は家族で住んでいた持ち家、実家なのだろう。だというのに今まで鞍馬は両親について一言も言及することがなかった。彼の両親は既に亡くなっているのかも知れないとぼんやりとした想像を働かせるには十分だろう。

 それなのに、一階には両親の存在を想起させるようなものは何一つ置かれていなかった。ならば俺が行ったことのない二階にそれらが置かれている可能性はあるのではないかと思っていた。

 ただ、鞍馬がそれらの存在をなぜ俺に隠そうとしているのかについては全く解らない。黒野さんによって二階にあるのが仏壇であるということが明かされてしまった今、どうして鞍馬がそれを俺に隠さねばならなかったのか、その奇妙さだけが浮き彫りになった形だった。

 知りたい、という気持ちが強くなるのを感じて、俺は小さく眉根を寄せる。

「……何が起きたのか、詳しく知りたくなってきただろう?」

「……!」

 にこりと笑って、黒野さんが囁いた。

 どうやら俺は彼の手のひらの上で弄ばれているようだ。恨めしげに彼の顔を見上げ、その少々の意地悪さをも感じる晴れやかな表情に悔し紛れに唇を咬む。

 警戒の色を隠さない俺に、黒野さんは低く、しかし無邪気にくつくつと笑った。

「まあ、そう警戒しないでくれよ。何も悪意があってやってるわけじゃないんだ。俺はただ、君には真実を知る権利も義務もあると思っているだけでね」

「権利と……義務……」

「そうだ。君が鞍馬とこれから先も上手くやっていきたいと思うなら、避けては通れないと思うよ」

 俺は息を呑んで、僅かに視線を彷徨わせた。焦燥によって短絡的な方向に横滑りしそうになる思考を諫めながら考える。

 だが、迷っていたのはほんの短い間だった。俺はすぐに覚悟を決めて表情を引き締める。

「……教えて、ください」

 それは決断だった。鞍馬がずっと隠したがっていた真相を勝手に他人に聞いてしまうことで、彼は俺に不信感を持つかもしれない。でも、今のまま波風を立てないように暮らしていたとしても、すれ違い続ける俺たちの生活は遅かれ早かれ破綻する。そんな気がしたのだ。

 今の俺たちに必要なのは新たに吹き込む風だ。

 それがどんな変化をもたらすかは正直解らない。けれど、この風が俺たちの間に存在する心の隙間を埋めてくれることを祈りながら、静かに覚悟を決めた。

「いいね。素直な子は嫌いじゃないよ」

 黒野さんはそう言って、楽しそうに笑った。しかし次の瞬間、彼の表情は至極真面目なものにすり替わる。

「これは俺が十年以上をかけて加羅里や鞍馬、それに二人を近くで見てきた村の人たちの証言を集めて整理した草壁家の顛末だ。中には当事者の誇張や記憶違いもあるかも知れないが、なるべく多くの証言を取ってすり合わせてある」

 そう前置いてから、彼は語り出す。草壁家を襲った悲劇と、鞍馬の心に深く残された爪痕の物語を。

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