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非独立記念日  作者: 小野セージ
第二話
35/86

吹き込む新風①

「あはは、ちょっと重い話しちゃったわね」

 そうこうしている間に、加羅里さんはそんな風に冗談めかして笑い出した。俺の冴えない表情をどう解釈したのか、彼女は少しだけ赤くなった頬を自分の手のひらで軽く扇いでから、そわそわと落ち着かない様子で指先を組む。

 一方で、俺はそんな加羅里さんに何かを言わなければならない気がして、小さく口を開きかけた。実際には何を言っていいのか解らず、すぐに噤んでしまったけれど。

「そうだ。私、最後にちょっとだけ二階に行ってくるわね」

 不意に、加羅里さんはそう言って食卓の椅子から立ち上がった。俺が何も言えないでいたから、間が持たなかったのだろう。だというのに加羅里さんは優しい顔で俺に目配せをしてくれた。ますます申し訳ないような気分になった。

 加羅里さんはそのままぱたぱたと軽い足音を立てて廊下へと出て行く。廊下には二階へ続く階段がある。宣言した通り、加羅里さんはその階段を上っていったようだった。

 加羅里さんの出て行った扉を見つめながら、俺は階段を上っていく彼女の足音を複雑な気持ちで聞いていた。

 俺がこの家に来たときには、掃除が行き届いていないから行かない方がいいと言われた二階。確かにこの家は一人や二人で住むくらいなら一階だけで十分だった。だけど、一人暮らしをしていたはずの鞍馬がわざわざこの広い家に住んでいたことに何の違和感も感じなかったわけじゃない。ただ、俺はずっと自分に目隠しをして見ないふりをしていたのだ。

 どうしてだろうか。俺は不用意に二階に足を踏み入れれば鞍馬との関係も脆く崩れてしまうのではないかと危惧していた。俺は鞍馬の説明に疑問を持つこともできずにこの半月の間をずっと一階だけで過ごしてきた。

 でも本当は、ずっとなんとなく察していた。二階には何かがあるのだ。鞍馬が俺に対して隠しておきたかった何かが。

「気になるかい?」

「え?」

 ふいに聞こえた声にはっとする。今まで加羅里さんと俺のやりとりをじっと見つめるだけだった黒野さん。その彼がにやりと不敵に笑って視線を二階の方向へ遣った。思考を読まれた気がしてどきりとした。

 数瞬、俺と黒野さんはお互いの出方を見極めようと見つめ合う。しかし先に折れて視線を逸らしたのは俺の方だった。いや、彼の視線は揺らぎもしなかったから、勝負にもならなかったという方が正しいだろうか。

 結局、俺は膝に落とした視線をゆらゆらと揺らめかせながら頷いていた。

「気にならない、と言ったら……嘘になります」

「ふうん? 随分と勿体ぶった言い方だね?」

「だって、俺にその資格があるでしょうか。外野でしかないのに、興味本位で彼の過去や気持ちに土足で踏み入るようなこと……」

 そこまで言って、俺は胸の痛みに口を噤む。多分、今まで考えるだけだったことを言葉にしてしまったのが大きかったのだ。言葉にしてしまったそれはまるで鋭利な刃で、俺はその刃に貫かれ磔にされたかのように、自分の言葉で自分を痛めつけ自由を奪われる。

 じわりと涙ぐみそうになって、慌てて俯いた。泣くことしか出来ない自分が酷く情けなかった。

 しかし、黒野さんはその俺のことを見逃してはくれない。

「そう思うのは、君がまだ鞍馬に抱かれたことがないから?」

 黒野さんの明け透けな問いかけに、俺はにわかに自分の頬が熱くなっていくのを感じた。

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